【サファイヤCITY】



松江に越してきたのは小5になってすぐの時だった。

かなり慌ただしく、母親に引っ越しを告げられたと思ったら

住んでいた広島の家は瞬く間に段ボールの館になり、

そしてすぐにがらんどうになった。

友達とゆっくり別れる暇もなく出発して、

気がつくと親子5人の乗用車はでっかい湖の畔にいた。

宍道湖だ。

新たな新居はその宍道湖の側に立つ市民病院の裏だった。

古い家が並ぶ通りの一軒にでっかい引っ越しトラックが駐まっていて、

ご近所の人垣が新しい引っ越し者を見ようと所々に出張っていた。

いつの間にか母親がトラックの荷台に上り「さあ持ってけ」とばかりに

両手を下から仰ぐように動かしていて、

指図されるトラックの運ちゃんや父親が次々と荷物を運び入れていた。

当時松江に住んでいた母親の弟の昌男おじちゃんも駆けつけてくれて、

なんだか我が一族が、鳴り物入りでこの町にやってきたような錯覚を

持たせるような光景だった。




新しい小学校は歩いてすぐの宍道湖の畔にあった。

学びやが湖に映る様子はいかにも涼しげで、

さらに対岸から割合近い場所にちょこんと見える嫁が島は

何とも形良く、小学校の理想とも言える立地条件だった。

とは言ってもガキにはその良さはわからない。

それよりも気になるのは新しい友達だ。

自分は転校を何度かしているせいか、

自分という転校生に対する好奇な目を楽しむふうがあった。

だから注がれる好奇の目のステージの上で新たな自分を設定して

振る舞う、な~んてそこまでは考えるが、結局すぐにボロがでた。

その出たボロクズに興味を持ってくれる人がいてくれ

気がつけば友達になっていた。

やがて子供はすぐに言葉も同じになる、

そして昔からずっと知っていたかのように遊び、

自然とみんなの色に混ざっていった。

が、しばらくしたある日ハッとした事がある。

青空に初夏の風が吹く運動場の片隅で、

半ズボン数人が土にあぐらをかき、プロ野球の話をしていた時だ。

オレは巨人ファンだ、阪神ファンだ、または広島ファンだとか

チーム名が飛び交う中、誰かの口からこんな言葉がフッと言い放たれた。

「松江に球団ができたらどげする?」

「できるわけないがや」と誰かの軽い嘲笑の後、

「でもできたらやっぱりその球団のファンになる」とそいつは強く出た。

結局「そりゃあそうだ」と賛同の気持ちがその場所を覆うが、

自分ひとり、つんぼさじきに追いやられた感じがして

フ~ンとみんなの話を聞いていた。

みんなの土地を愛する力強さがなんだかまぶしかった。

かといって自分にもないわけではない。

3まで生まれ育った長崎だ。

だから高校野球はいつも長崎を応援してした。

長崎海星高校から化け物と言われたピッチャーのサッシ-が出た夏があるが

その時はひとり盛り上がっていた。

しかしこの町で遊び、ケンカして初恋もして、気がつけば

おもりがゆっくり片側にすべっていくように比重が変わっていた。

それに気がついたのも高校野球だった。

子供の頃のお盆と言えば、両親の田舎山口に行くのだが、

その帰省中、誰かの家に立ち寄ったことがある。

兄弟3人は車に残され、随分長い間2人を待っていた。

ラジオからは高校野球が流れ、アナウンサーの声が熱を帯びている。

退屈なまま聞いていると、なんと島根の浜田高校だった、

対する高校は、その頃から強豪だった天理学園、

島根が勝てるわけねえと言う気持ちで聞いていたが、

激しい接戦を制して浜田が競り勝った。

やった-------!

その時自分は激しく興奮して、爆発するように喜んだのだが、

その自分に驚いた。




浜田と天理の試合で、自分の心が松江という町にズブリと深く入っている

事に気づかされたが、実はそれ以前、無意識ではあったが、

この町を特別に感じる始まりのような出来事があった。

その時もお盆の帰省で、この時は山口から松江に戻るとこだった。

山口-松江間は車で6,7時間かかる、後部座席の子供には苦痛だ。

いつも一分一秒でも早く着く事を願った。

到着は必ず夜遅くなり、厭世気分が闇の中にじっと溜まる。

やっと出雲を過ぎた辺りで気持ちは楽になってきて、

そろそろかな?と9号線を走る夜の窓に目を懲らして見た。

すると遠くにボーと何かが光っているので

思わず窓に手をかけ顔をくっつけるように見ると、

黒く静かに広がる宍道湖の向こう岸の町が、青く発光していた。

松江の町だった。

オレはこんな美しい町に住んでいるのか!?




誰の心にも忘れられない情景があるだろうね。

ましてや故郷の景色はその人にとって特別だ。

今でもあの夜見た松江の夜景は不思議オーラを持って迫ってくる。

それはたぶんよそ者だった自分に、松江がかけてくれた

魔法だったんじゃないかと思っている。




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