【上海パープルヘイズ】

 

 

この次々と打ちのめされる感じは何かに似ている。

何だ!?

自分の何かがガラガラと崩れ、その後に羨望という名のタワーが

ぐいぐい延びていく。

そうだ、これはオレが十八で東京に出てきた時の感覚に似ている。

まさか二度と味わえないと思っていたあの感覚を

味わうことができるとは。

上海だ。

 

先日中国ツアーに行ってきた。

数年前から誘いはあったが、提示されるギャラが経費ギリギリで

いつも渋っていた。

向こうのプロモーターにアメリカ人がいて、オレの渋りに対し彼から

驚きが混じったメールが届いたことがある。

「お前等、中国でライブがしたくないのか?」

彼の驚きとは裏腹に、実はまさしくその通りであった。

日本に対しいつもあんなにメチャクチャ言う国なんかでやりたかねえ

わい!と言うのが本当の自分の本音であった。

普段ならば経費さえ出れば大抵の国に乗り込んで行くが、

中国は到底そんな気にはならなかった。

だが今回、破格のギャラの提示があり、それならばと

上海、北京の2公演を受けた。

 

直面した瞬間、脳みそをクルッと回される感覚。

人間、180度考えが変わる経験は滅多にない。

今回の中国がそうだった。

上海空港でチャーミングな女の子二人が出迎えてくれた。

それだけでホクホクだが、乗せられたバンで走ること1時間、

巨大な都市が目の前に現れだし、その全貌を目の当たりすると

頭が少しパニックになりだす。

アジアならなんだかんだ言ってもTOKYOが一番すごいだろうと思っていた。

だが、その鼻っ柱をギュッと握られてスコンと引っこ抜かれたようで、

外から見れば車の窓にポカンと口を開け上の方を向いている雁首が一つ見えただろう。

剣山が空に向かってそびえるか如くに乱立する高層マンションとビルディング、

それに混じり最上階が寺院のような形のビルが所々にある。

普通ならなんだか宗教臭く感じるが、乱立する近代と

全くうまくかみ合っていて、都市を構成する一つの色として

かっちり風景にはまっている。

かつてリドリースコットが東京からイメージを得たという

ブレードランナーの未来都市は、この上海こそふさわしいのでは

ないかと思った。

激しく猥雑でところどころ醜い、そしてそれが恐ろしく美しい。

「かつて、上海は多くの国のコロニーになっていました」

隣の席に座るアメリカ育ちのシャウピンが流暢な英語で教えてくれた。

そう言えば、かつて歴史で習ったことがある。

このモダンさはそんな影響があるのか?

歴史の渦の中、多文化と中国が激しく交わり、どくどくふくれあがる。

なんかこの町、とてつもなく歯止めがない。

 

やがて車は門をくぐり池の前にある古い建物の前に止まった。

ホテルらしい。

エレベーターで2階に上がるとフロントがあった。

建物の外観そのまま質素な白いフロアーで、植民地だったと聞いた

せいか、かつてはどこかの国が所有していた事務的な建物かなと

思ったりしたがそれはわからない。

デスクで男の人と女の人が愛想なく対応してくれた。

その点はいつものアジアだが、驚きはその後に待っていた。

各人部屋を割り振られ、案内された自分の部屋を開ける。

するとワオ!

フロントとからは到底想像できないスタイリッシュな部屋が

そこにあった。

ヨーロッパではたまに、計算されたデザインのカラフルなホテルに

泊まることがある。

しかしこの部屋はそのどれよりも素晴らしいと思えた。

ヨーロッパはセンスが突出するあまり、特にシャワーなんか

部屋までびしょびしょになる場合があるが、この部屋はちゃんと

実用も加味してある。

日本はコンパクトで実用的だが、デザインでは決まり切った型から

けして抜け出さずはみ出さない。

上海は古い建物にこんな部屋を設けるなんて、

う~ん味な演出をするなと、チンを軽くパンチでなでられた感じだ、

なんかやっぱりすげえゾ上海。

数年前オーストラリアに行く時、乗り換え地の中国広州で飛行機が遅れ、

急遽広州市内のホテルに泊まった事がある。

ひとりひとりにスイートルームをあてがわされたのは嬉しかったが、

豪華な調度品はゴテゴテして大げさで、スタイリッシュにはほど遠かった。

丁度クリスマスシーズン前で、フロントにはサンタが飾られていたが、

孔子か孟子かがサンタの服を着ているようなデコレーションだった。

同じ中国でも上海は全く別物らしい。

 

そしてディープ上海。

天空に思いを馳せるが如く上に上に突き刺すビル。

夜になると紫の霞を周りに漂わせ、遙か下界を見下ろす。

その見下ろす下界にはいくつもの道があり、

その道もいろんな表情を持つ。

翌日ひとり歩いてみた。

昨晩ディナーをつきあってくれた上海の大学生ケー君が

「東京は綺麗だけど、上海は汚いでしょ」と歩く道を指しながら

オレに語りかけた。

その通り道は汚いが、高架下の壁にはポップな落書きが至る所に

あったりして、なんだかニューヨークのようだ。

朝っぱらから市場の様な商店街は活気があり、

店前に出してあるバケツには蛇、蛙などがうじゃっといたので、

ゲーと覗くと、いるか!?っという表情でバケツをオレの方に少し

傾けられたりした。

はは、なんかおもしろい。

ただ恐ろしい景色が平然と人行き交うビルの下にあった。

手首手足の無い老人が、下半身だけ布の様な物をつけ、うつぶせで

昆虫の様に動き物乞いをしている姿に凍り付いた。

彼らは自分でここまで来た訳じゃないだろう、

きっと誰かに連れてこられて物乞いをさせられているのだ。

ホテルのロビーで、派手な顔をした二人の女の人を見かけた。

二人とも目が大きくきつい。

こちらを見た目の奥に、こちらを伺う光がわずか一瞬だが針のように

キラっと見えた時、整形だと気がついた。

顔に入れたメスの傷は修復しても、まわりへの猜疑心は彼女達からは

一生消えないのかもしれない。

 

上海、北京でのライブは、ここでは詳しく述べない。

また話す機会もあるだろう。

ギターウルフはいつもの調子でぶっ飛ばした。

中国の対バンも素晴らしかった。

特に北京のパンクは、歴史が古く最初のパンクバンドは家族親戚共死刑

になったという本当かウソかわからない噂がある。

若者はみな社会に不満を持ち、丁度SEX PISTOLSが生まれる前夜の

ロンドンはこんなだったんじゃないかと思ったりした。

北京のスタッフとして新たに加わった中国人の女の子がいた。

「ハルカで~す!」

いきなりなぜハルカ?とみんなに疑問符を振りかけながら、

ホテルのフロントで少しおどけた日本語で迎えてくれた。

ハルカの由来は聞きそびれたが、彼女が決めている日本名らしい。

英語が流暢なので留学でもしていたのかと聞くとそうでなく、

言葉を学ぶ事が好きで、世界をよく旅していると話してくれた。

日本には来たことはないが、ただ日本語も勉強していると言う。

キュートな顔立ちをしながら頭が切れ、声としゃべり方、

立ち居振る舞いがすこぶるかっこいい。

彼女をいち中国人と結びつけるには難しいくらい飛び抜けた

国際的雰囲気があり、きっと彼女なら世界のどの場面に行っても

人の中心にいて、にこやかに笑顔を振りまきながら話すのであろう。

彼女は北京ライブの後、会社が手配した大型タクシーを走らせ、

暗い夜にいきなりネオンが燦然と輝く、千と千尋の神隠しに出てくる

ような3階建ての中華料理店に連れて行ってくれた。

すでに深夜で、お互いに明日が早いこともあり、

わずかな時間を卓で囲んだ。

最後に少し、そのハルカちゃんと立ち入った話をした。

反日だ。

「確かに私も反日教育を受けました、しかし今では反日教育ばかり行う

教師はだんだん虐げられています。これからは私たちで新たな歴史を

作るしかないのです。」

と言った後、「そう思わない?セイジ!」とニコッと笑顔で返された。

 

北京空港から成田に向け飛行機が飛び立つ。

真下には中国の大地が拡がっていき、来る時とは全く違う気持ちで

景色をながめる自分達がいた。

今まで思っていた感情が180度劇的に、しかも鮮やかに変わる感覚は

生まれて始めてかもしれない。

その感動は激しく嬉しく、興奮が冷めない。

あの爆発しそうな上海、北京パンク、そしてやはり中国人。

ああ、またこの国に戻ってきたい。

イエー、チャイニーズロック!

 

PSお世話になった中国人日本人スタッフ、来てくれた中国人日本人、

キンヤくん、キクちゃんのお兄さん、

たったひとりで果敢に乗り込んできてくれた女の子、

みんなありがとう!