元旦の朝まだ暗いうちに実家の近所を軽く走った。
実家は宍道湖という大きな湖を見渡せる丘の上の団地の中に建っている。
湖の手前には、視界の右から左に堤防が連なっていて、その堤防の上を
湖北線と言う松江と出雲大社をつなぐ国道が走っている。
堤防下から実家の丘の間は、田んぼが広がる盆地で、オレは実家に帰ると
その田んぼ道をよく走る。
昨日のお昼に東京から新幹線に乗りこちらに着いたのは夜だった。
大晦日だから自由席もそんなに混んでないかと思ったが、そんな甘い観測
はとんでもなく、やっと座れたのは伯備線の伯耆大山駅からだった。
松江駅に妹が迎えに来てくれ、実家の玄関をただいまと開け
母親からほら喰えと出された食事を食べると9時にはウトウト辛抱できな
くなり、敷かれた寝具に滑り込むと目を覚ましたら元旦の朝だった。
まだ暗く、みんな寝静まっている。
天井を見上げて目をパチクリさせるとふと思った。
「朝日が拝めるかも」
布団からゆっくり出てジャージに着替えると
シューズに足をトントンさせ、家の玄関をツーッと閉めた。
元旦の暗い朝にこんな所を走っているなんて!
毎年元旦の朝はいつも布団からゆっくりで、髪の毛がはねた頭であくび顔がでっかいはずだが、少しブルッと震える外の空気に身を置くのは新鮮だった。
ちょっと右の股関節を痛めていて歩いているのと大して変わらない。
それでも堤防下まで来ると、角の溜池を曲がり、今度は堤防沿いの田んぼ道を走った。
頭上を走る車はまだ少なく、その代わり空が少し明るくなってきていた。
朝日の先っぽらしき光が堤防の上から飛び出している。
年末はいろいろあってバタバタだった。
でも気づけばこうして新年だ。
正月というのはやっぱりいい、節目って言うのは大事だ。
だけど、あの朝日浮かぶ宇宙空間はどうなのだろう?
暗い空間で、無限に近い無機質な時間の流れがあるだけなのだろう。
そんな場所で生きたらどうなのだろう?と頭をよぎった瞬間ウウっと首を
振り、とんでもない、まっぴらごめんだと思った。
節目のない時間の中で生きたら人間はきっと狂うだろう。
一年一年に区切りをつけたのは人間の偉大な発明に違いない。
でもまてよ!将来人類が宇宙に進出して、その星々で地球の暦を使い出し
たら!?今の正月と同じ時間に宇宙のどこかで正月を迎えている。
それも素晴らしいかも知れないなんて思い巡らしていると、
いきなり背中がゾワッとした。
誰かが迫ってきている様な気がしてすかさず振り向くが誰もいない。
「ははあ~!また来たか」とは数年前の事だ。
数年前の冬の夕方、この場所でフードを被ってうつむいて走っていると
フードの視界にいきなり足が見えたと思ったら誰かとすれ違った。
日は暮れかけていてこんな場所で誰だろうと思いすれ違いざまに振り返る
と、いきなりギョとする程遠い場所におじいさんが立っていて
こちらをジッと見ている。
オレ今なんか変なのを見てるなあと思うと案の定、視界からおじいさんは
ヒョンと消え気がつけば辺り一面田んぼだけだった。
頭上では国道を走る車が次々とヘッドライトを点けてビュンビュン飛ばし
ているが、そことここは別世界だ。
再び走ると背中がゾワっとしてくる、どうも付いてきているようだ。
やれやれと振り返りその辺りを見据えて「バカヤロウ!付いてくるんじゃねえ!」と怒鳴った。
数度振り返りメンチを効かせそのまま走り去ると背中のゾワゾワは消えていた。
「あのじいちゃんかな?」また怒鳴って退散させようかと思ったがやめた。
今日は正月だ、しかも元旦なりたてのほやほや。
振り返り誰もいない田んぼ道に向かってでっかく話した。
「今日は2017年正月、あけましておめでとう、
ここにいるのもよしだけど、時間はどんどん過ぎて行く、
これからどうするかも勝手だけど、とにかく新しい年になったよ。」
そのままゆっくり背中を見せて立ち去った。
田んぼを抜け家の丘の坂を登っていくと途中に一畑電車の無人駅がある。
そろそろ電車があるのか、数人が坂を下りて来ていた。
見知らぬ人だが、あけましておめでとうございますとお互いに頭をちょこっと下げる。
すっかり辺りは明るくなり、遠く宍道湖の上の昇りたての朝日がまぶしかった。
ちょっと遅くなったけどあけましておめでとう!
みんなにとって素晴らしい一年になりますように。