【ダイヨン惑星・原宿】

 

 

 

 

原宿ラフォーレ交差点近くに、カフェドロペというカフェがあった。

その昔、岩城滉一や舘ひろしが在籍していた頃のクールスがよくたむろしていたという。まだ売れる前の松田優作も顔を出したことがあるらしい。

そう聞くとなんだか物々しい雰囲気で、入るのも覚悟がいりそうだが、自分が原宿にいた頃のロペはおしゃれで、美人のウエイトレスが揃っていた。

気にはなっていたが、一度も入ったことはない。

 

 

ただ、仕事帰りに、原宿の仲間と行く飲み屋が、ロペの角を曲がった先にあったので、曲がるときには必ず中を、チラ見して通り過ぎた。

目当ての飲み屋はOH GODと言った。

原宿では有名なガンさんと言う人がオーナーだった。

ガンさんはかつて、アラン・ドロンの日本の用心棒をしていたという話があり、腕っぷしが丸太ん棒のようで、いつも

Tシャツがはちきれんばかりだった。

一見優しそうだが、みんなに恐れられていた。

ロック関係者にも顔が利き、内田裕也や安岡力也、そして

もう当然有名な松田優作が飲みに来ているのを見かけたことがある。

そう言えば、探偵物語の最終回で、松田優作が刺されて死ぬ場面も、このOH GODの店の前だった。

そんな雰囲気もあり、この店に出入りすることは、原宿の不良のステイタスであり、日曜なんかは、ホコ天で踊るローラーが革ジャン革パンリーゼントで口をひん曲げて、大勢たむろしていた。

 

 

ある夜の事だ。

仕事帰りにフラっと一人で、OH GODに立ち寄った。

店はすいていて、仲間はだれもいない。

今日はパスして帰るかと思った視線の端に、最近よく見かけるハーフの女の子がとまった。

一人レジ横に座っていた。

わずかに黒が混じった肩くらいまでのブロンドで、ブルージーンズのミニスカートに白のTシャツ。

その子もオレが来てハッとした様子があったが、声なんてまさかかけられないすごい美人だ。

一旦帰りかけた足は、その子の前を通り過ぎて、カウンターの席に腰掛けた。

誰かを待っているのだろうか?

一人で来たのかな?

ウイスキーの水割りを頼み、誰か知り合いが来ないかなと待つ。

だが、一人で渋くウイスキーを飲むには、自分は若すぎた。

女の子ともチラチラ、カウンター前の鏡で目があったりする。

チッ、様にならねえと一杯飲んだところで、お金を置いて店を出た。

オレはいったい何を期待してんだ、バカバカしい。

 

 

ある雨の日だ。

雨の原宿は嫌いじゃない。

特に、日が落ちて、傘を差さなくてもいいくらいの雨は心地いい。

昼間はあふれかえる竹下通りが、ボーッと夜の明かりにしっとり濡れて、この街に生きる人間だけが感じる清涼感があった。

そんな時、原宿に何かストーリーが生まれるような予感がして、心がちょっとだけわくわくする。

年に1,2回、原宿にはロマンチックな魔法にかかる時刻があった。

オレは仲間の待つ居酒屋に向かって竹下通りを歩いていた。

目指す居酒屋は、明治通り裏のトンちゃん通りにある。

この日は、東郷神社の裏から明治通りに抜ける道をとった。

原宿という街は東郷神社と隣接している。

神社の入り口は明治通りに接しているが、裏口は、竹下通りの中くらいにある

クレープ屋さんを左に折れるとすぐにある。

そこを通れば、明治通りまでちょっとだけ斜めにショートカットできる。

 

 

雨の神社は暗く、いきなりひっそりしていた。

上空を見上げると、繁る木の間から降ってくる雨の線が結構太いのに気付く。

やはり傘くらい差した方がよかったかなと思った。

東郷神社。

日露戦争の日本海海戦で、当時無敵と言われたバルチック艦隊をことごとく海に沈めた軍神・東郷平八郎が祀られている。

山口の母方の祖母から、彼が亡くなった時の事を聞いたことがあった。

「東郷元帥が亡くなった時は、そりゃあ国を上げての大騒ぎだったとよ。」

まさかそんな人がこの原宿に祀られているなんてと小さな驚きがあったが、この武張った神社と正面にある明治神宮の存在は、若者の街・原宿とのはっきりしたコントラストを作り、それが絶妙に重なり合い、他の街とは一線を画する独特な街を形成していた。

そう言えば自分は、一度もこの東郷神社にお参りしたことはない。雨を避ける気持ちもあり、境内に足を踏み入れた。

 

 

踏み入れた瞬間だ。

すれ違う傘の下から目がキラッと光った。

先日OH GODで会ったあの子だ。

「お参り?」

思わず声が出た。

彼女は無言で、そのまま出て行った。

「チェっ、返事くらいしろよな」

お賽銭をチャリンと入れて、鈴をジャランジャラン鳴らし手をあわせる。

雨はこころなしか強くなってきているような気がした。

白い砂利が敷き詰められている境内を出た。

すると横手の木の下で傘を差したその子が立っていた。

なんでこんなところに立っているのだろう?

まさかオレを待っていた?

軽い警戒を持ってその子に目で会釈をした。

すると彼女も目で返した。

 

 

「お参り?」

「はい私、よく神社にお参りします」

「へえ~」

「変ですか?」

「変じゃないけど、なんか不思議な感じが」

それくらい彼女の髪はブロンドが鮮やかだ。

「私、日本で生まれました」

入り口の鳥居にむかって二人は歩く。

彼女は手にした傘を幾分か自分の方に傾けてくれていた。

雨の音が耳元近くでパラパラ大きくなった。

「でも私、もうすぐママと一緒にオランダにいくかも」

今日のお参りはその事と関係があるのだろうかと思ったりしたが、口には出せないまま気がついたら鳥居まで来ていた。

「名前は?」「ローラ」

本当はと、彼女は舌を少し巻いて「ラウラ」と発音して少し笑った。

「あなた原宿駅前のテントで働いているよね」

駅前は目立つ。

そこで働く人は自分に限らず顔をよく知られていた。

「じゃあ」と自分はここで明治通りを渡る。

「私ロペで働いています」と彼女はラフォーレの方に歩いていった。

 

 

それからまもなく、ロペで彼女を見かけた。

彼女が、ウインドウ越しに座るカップルのオーダーを取っているところだった。

「おっ!本当にいた!」

のぞくウインドウのオレに彼女も気がつく、すると一瞬だけ、子供のような人懐っこい笑顔をこちらに向け、小刻みに小さく手を振ってくれた。

 

 

今ギターウルフは、ヨーロッパをツアーしている。

オランダでは3日間ロックする。

オランダの町並みは他の国に比べてどこか質素だ。

人柄は朴訥だが、意外に頑固でプライドが高いように感じる。

あの子は今、オランダにいるのだろうか?

あの夜彼女は、傘を少し傾け、右肩に雨をポツポツ受けていた。

ずいぶん華奢で、オランダの大柄でがっしりした女の人とイメージが違う。

ひょっとしたら彼女は、あの後オランダに行ったけど、オランダが合わず日本に帰ってきたんじゃないだろうか?

勝手な想像だが、オレはあの後すぐに原宿を出たし、

OH GODに行く回数もめっきり減ったから、その後のローラの事はわからない。

 

 

惑星のような街・原宿。

オレは原宿が好きだ。

世界中でこの街だけが、POPな恋とPOPなエネルギーにあふれている。

嫌な事もドロドロした事も、この街で起きた事なら、結局POPな記憶に変わってしまう。

自分はこの街に3年いたが、その後の年月の比重はその3年にかなわない。

あの街で起きたことは、まるで異次元で経験したような不思議で素敵な出来事ばかりだった。

 

もしかつて月に住んでいたとする。

そこで恋をしてケンカして笑って、泣いたりした時があったとする。

そしてあれから何年も経つ今、地上から空にぽっかり浮かぶ月を見上げたら、あそこであった出来事は、本当にあったのだろうかと思うだろう。

 

ただあの夜、天空から降る雨が、東郷神社に繁る木の間を抜けて、歩く二人の傘の上にパラパラと落ちた事は本当だったのではないかと思う。