【コンドルは飛んでいく】



 

 

並んだ公衆トイレで上から覗いたチャーリーのいちもつはこうだっ

た!みんなでたいらげたピザの箱に、オレはいきなりマジックで

卑猥な絵を描き出した。

「おまえのは皮が被ってこうだったゾ-!」

本当はそんなによく見た訳じゃないだが、図星だったらしく

チャーリーは赤面して「OH,NO!」と顔に手を当ててひっくり

返った。ずっと控えめだったエリックとロジャーも今回のツアー

でやっと見せてくれた大笑いだ。

それを見てオレの先輩風はますます調子にのって吹きだし、

さらに注釈までつけ

「この部分はカリ!」

「oh、kari!」

「そしてこの先端からどぴゅーだ!」

「OH,Dopyu-!」

 

 

自分たちのUSツアーをサポートしてくれたチャーリー、エリッ

ク、ロジャーの3人組からなるハンスコンドルと、明日は別れる

という最終日、殺風景なモーテルの一室でデリバリーのピザを

囲んで最後の晩餐をやった。あんまり会話もないままモーテルで

寝るのもなんだなと思い、男の子には万国共通で盛り上がる

卑猥な話をオレは切り出した。

「これ!今度のアルバムのジェケットに使う!」と涙目で叫んだ

のはハンスのベースプレイヤーのエリックだ。

ホントかよと思い聞いていたが、案外本気だったらしく数年後

訪れた彼の家に、そのピザの箱が大事に保管してあるのを見て、

再び大笑いに笑いながらもありがたいやら、処分してあげたい

やらで、ちょっぴり苦笑い的な気分だった。

 

 

ハンスコンドルというバンドは、アメリカンスピリッツの王道的な

サウンドを持ち、アメリカ人にはめずらしく、気合いと根性のよう

な物を全面に押し出すバンドで、ギターウルフとはすこぶるウマが

合い、奴らのライブを見るとさらなる闘志に火がついた。

一番年若のギターのチャーリーはひたすらがむしゃらで、客に受け

いようが受けてなかろうがお構いなしのブルトーザーで、最初、

そのあまりかっこいいとも思えないルックスを鼻で笑っていた客

も、次第にその熱量に押し流され、気がつけば拳をあげて応援した

なるという熱く爆笑的な魅力を持っていた。

 

 

そのメンバーの一人エリックにはギターウルフのツアースタッフと

して数年お世話になる。彼はかつて、有名なハードコアバンドの

Voだったが、一切そんな風を見せず、自分とギターウルフを

素直に尊敬してくれていた。

家業だという大工の腕も確かで、一見大雑把だと想像していた

アメリカ人の細かい作業への偏見を見事に覆させてくれる几帳面さ

を持ち合わせ、機材の故障やネームのスプレー塗装など、

こうじゃないと気が済まないという丁寧な作業を追求する姿勢に

何度も驚かされた。

 

 

そのハンスコンドルを一度日本に呼んだことがある。

それまでの感謝の気持ちもあったが、それ以上に彼らとの

日本ツアーは自分の一つの夢であった。

絶対、間違いなくおもしろくなる!

ワクワクする確信と共に始まったこのツアーは、途中から

キングブラザーズが加わり、思った通りの破天荒さで、

ライブ+打ち上げは毎日がお祭り騒ぎだった。

このツアーの中で、特にハチャメチャさが浮き上がってきたのが、

意外にもいつも冷静沈着さを感じさせていたエリックだった。

「お前ら、オレが飲むビールまで全部飲むなよな!」

ギターウルフ車には、ライブ直前に飲むビール・水をあらかじめ

搭載してある。会場に着く前から車の後部座席に載せたハンスの

連中がメチャクチャ盛り上がってんなと思ったら、そのビールを

全部飲みやがった。だが本当はもちろんそれでもいい。

ロックンロールだ。

しかしこの時のエリックの酒のあおり方は半端じゃなく、

挙げ句の果てにはライブ中にゲロを吐きながら演奏するという

凄まじさで、かつて知っていたUSAでの彼の姿ではなかった。

「セイジ、アメリカに帰りたくない!」

打ち上げの最中にエリックはオレに叫んだ。

今まで見たことのないご満悦な表情で酔いしれる姿を見て、

オレは正直嬉しかった。束の間ではあるが、ハンスコンドルに

日本でのロックンロールライフをプレゼントできてよかったと

思った。

だが反面、エリックに一抹の不安を持ったが、それは遠慮がち

だった彼が、やっと自分に心を思い切り開いた証なのかもと

思うようにした。

 

 

ギターウルフは今、EUを激しくロックしてまわっている。

そんなさなか、エリックが自らの手で命を絶ったと言う訃報が

USAから届いた。

前日の移動の車の中で、ドラムのクラチャンはエリックの事を

ぼんやり思い出していたらしい。

確かに日本から帰ったエリックは、にわかに体調を崩した、

それでもその翌年のギターウルフのUSツアーの時はスタッフ

としてやってきてくれたが、意識朦朧とする場面が何度もあり、

それでも一生懸命尽くしてくれる姿が痛ましかった。

そして時折、

「もう他の事はしたくない、一生ツアーをして生きていたい」

と刹那的に口走る彼の姿は、もう完全に以前の彼ではなく、

過度の飲酒と何らかのドラッグでやられている事はあきらか

だった。

残念であったが、去年のUSツアーのスタッフは断らざるを

得なく、その時、ひどい言葉がギターウルフのUSAのスタッフ

に返ってきたと聞かされた。あきらかに穏やかでまじめな

エリックにありうべからずの事ではあったが、何か孤独の中で

苦しむ彼の悲しみが伝わってくるようでやりきれなかった。

それでも近い将来、心底わかり合った仲間として、

必ず笑顔でまた会えると信じていた。

 

 

ロックンロールは一見華やかな世界だが、決して安全な仕事

ではない。

一度限界を超えたステージを経験した者は、必ずさらに高見を

めざす。毎日同じ事の繰り返しの中で、ハイテンションを

保ち続けることは並大抵ではない。

そこから一段降りて、気楽に音楽を楽しむという方向に

スイッチできる者はいいが、そうでない者にいつも襲う

ギリギリの精神状態、そこにロックンロールと命のやりとりが

生まれ、オレはたくさんの悲劇を見てきた。

死んでいった者、重度のアルコール、ドラッグ障害になる者、

栄光の後、すべての精魂が尽き果てたような人生を送っている者、

打ち上げ中に肝臓が爆発した者、または精悍だったさわやかな

青年が、ずるい女たらしに豹変した者、様々だが、彼らは

一様に命がけのロックンロールライフに生きようとした者ばかり

だ。つまりまじめなのだろう。不良はまじめな者がなると

思っている。

まじめだからこそ、巻かれようとしない、突っ張ってしまう。

ACDCの曲、

It's A Long Way to the Top if you wanna Rock’n Roll

目指す者は、いつもヒリヒリする危険な崖っぷちに立っている。

オレがその中に片足を突っ込んでいるのは確かだが、

タフな者だけが許されるライセンスがあると信じている。

そのライセンスの更新がいつまで続くか今のところ未知数だが、

そのヒリヒリする崖っぷちの中で、

オレは必殺の閃光を見せ続けてやる。

 

 

エリックよ、馬鹿だなお前自分で死んじまうなんて。

生きたくても生きられない人はこの世にたくさんいるのにさ。

そんなにきつかったのかい。

しかしありがとう、君と出会えてよかった。

日本ツアーの時に見せてくれた君の最高の笑顔を今思いだし

ながら、君の冥福を祈る。