こんばんは、アンネです。

 
人生は選択の積み重ねとか、
現在の延長線上に、未来があるって
言われますよね。
 
将来なりたいものや、理想の未来があるなら、
きちんと理想にベクトルが向いた決断をするのが良い。
 
私はそれは半分は合ってるけど、
半分は違うと思います。
 
誰しも、自分が選択したことが
自分自身や家族に幸せをもたらしてくれることを願って、
選ぶことが多いと思うんですね。
 
例えば、
「将来、料理関係の仕事に就きたいから
今は調理学校に通うことを決断する」とか、
 
「選挙に出て政治家になるために
ボランティアや社会活動サークルに参加する」とか。
 
けれど、
必ずしもハッピーな結果にならないこともあると感じます。
 
例えば、目標に向かって、しっかり熟考して入学した学校で
意地の悪い友達につきまとわれたり、
先生から不公平な扱いをうけたり、
経営不振で学費が急に上がったり。
 
選択するって単に「決心できるか、出来ないか?」
腹の底から自分の行きたい方向を決められるか、
その本気度が問われてると思うんです。
 
 
でも実際には
「その先の方が重要」だったりします。
 
決心し行動したあとに広がる
「人との出会い」や、
「物事(または環境)との出会い」によって

目標としたものにたどり着けるかどうか、変わってくるんだなぁとしみじみ感じます。

 
さらに言えば、
「人との出会い」って、
自分の努力ではどうにもならないところがあるって思うの。
 
例えば、お給料アップを目標として、
転職してさらに大きな会社に入り、数年以内に上の職位につきたいとします。
会社のことを学んだり、今のお仕事でできるだけ成果を上げるなど、
努力しだいで知識や技術を上げておくことはできます。
 
けれども入社してみなければ、
その会社の人間関係が良いか悪いかなんてわからないし、
上司だって選べないわけで。
 
〇〇みたいな人と出会いたいです、
気の合う上司(または同僚)と出会えますように
って、願って何か努力したとしても、
「人ありき」なので相性やタイミングもあるから
不確実性要素が強いのです。
 
そこで感じるのが、
出会いは運まかせなことも多いので、
目標を決めたら、
あとはそれに向かってやるべきこと(自分ができる自助努力)をコツコツ、楽しみながらやるのみ。
 
その目標が達成できるか、出来ないかは
月並みな言い方だけど、
人や環境との出会い運にも左右されるから
「神のみぞ知る」なんじゃないかなって思うんです。
 
自分が楽しめる&ハッピーな気分になれそうだって感じる方を選択して、
あとは力を入れずに流れに任せて、生きていくのが良いのかなって感じます。
 
 
ランチは久しぶりにハンバーガー。
チェダーチーズバーガーも、
チーズと野菜と牛肉パテとバンスの「積み重ね」。
積み重なって1つになっていると、美味しいのか。