蓮とキョーコちゃんがいなくなってひと月がたった。
業界内はもちろん日本中が騒然とした、芸能界一の若手俳優の電撃休養宣言からもひと月。
その影で新人の域を出ないキョーコちゃんは静かにテレビ画面から消えていった。
世間はまもなく何事もなかったかのように日々が過ぎ、蜂の巣を突いたように慌ただしかった事務所内すら少しずつ平穏を取り戻しつつある。
俺は突然消えた蓮への管理不十分だとして、社長預りという名目で俳優部から秘書課へ異動になった。
夕方5時。
定時を告げるチャイムとともに荷物を纏める。
今までの分刻みの忙しさが嘘のように毎日定時に退社する。
いつも同じ時間に同じ電車に乗ることにも慣れた。
最寄り駅で降りて近所のスーパーに寄る。
会計を済ませ、住宅街を歩く。
マンションの前、少し広めの道路の路肩に思わず視線を移す。
あるはずのないスポーツカーを探してしまい、ため息をついた。
(もう、止まっているはずもないのに…)
マンションに着くと、どうせDMだらけの郵便受けを一応開き中身を確認した。
もちろん中身はDMのみ。
築十数年の賃貸マンションの3階の一番奥の部屋。
鞄から取り出した部屋の鍵で解錠し、中へと足を踏み入れる。
「ただいま」
返事なんて返ってくる筈がない暗い部屋。
電気をつけようと手を伸ばす。
「……おかえりなさい」
低く密やかな声が俺を迎えた。
「っ!!」
その声に心臓を掴まれたように締め付けられ、顔を上げる。
「…蓮……」
緊張で俺の声も掠れてた。
「キョーコがお夕飯作ったので、よかったら召し上がって下さい」
静かに、ただ用件だけを述べる小さな声。
俺は慌てて玄関の照明をつけた。
「あ…ありがとう……えっと…」
「奥で…眠っています」
「そ、そう…」
自分の部屋とは思えない程ぎこちなく奥へ進み、リビングに辿り着く。
ダイニングテーブルには、相変わらず料理上手なキョーコちゃんらしい、バランスのいい食事。
「食材、買ってきたから冷蔵庫に入れておくな」
先ほどスーパーで買った肉や魚や野菜を冷蔵庫に仕舞う。
「…キョーコちゃん…どう?」
蓮と目を合わせるのが気まずくて、冷蔵庫の整理をするフリをしながら尋ねる。
「今日は落ち着いてます」
「そっか…」
途切れ途切れのぎこちない会話。
以前はどんな風に話していたっけ。
遠くない昔を思い出そうと思考を巡らせても、どうしていたのか思い出せない。
それくらい、俺たちの関係は変わってしまったんだ。
たった一日で。
キョーコちゃんは傷ついて、蓮は壊れた。
俺に出来たのは二人をこの部屋に隠すことだけだった…。
∞∞∞∞***∞∞∞∞
いつかは書いてみたいお話シリーズ第2弾!!
…なので続きません(笑)
久しぶりの更新が重くて暗~いお話(?)です。
考えているうちにどんどん設定は膨らんできたんだけど…
これ、パピエンで終わる気が全くしないの…(;´・ω・)
どうしたモンかな…(゚Ω゚;)