前編と後編のバランスを完全に間違えた感じです(←使ってみました)
〜〜〜☆〜淡緑色の使者〜☆〜〜〜
勢いよく扉を閉めて、全速力で廊下を歩いた。
ほんとうは走り出したいけれど、廊下を走るなんて以ての外と躾けられた過去が体にしみついている。
とにかくひたすら歩いて辿り着いた先はフロアの隅の自販機コーナー。
手前に広く明るい休憩室があるおかげで、人がほとんど来ない穴場だ。
休憩スペースにとポツンと置かれた長椅子に倒れ込むように座る。
「うっ、うぅぅぅ〜〜」
腕の中に自分だけの小さな世界を作って涙を解放した。
敦賀さんの好きな人なんて決まってる。
代マネをしたあの日、熱に浮かされた敦賀さんが呼んだ名前。
『ありがとう…キョーコちゃん…』
あの頃決して私に向けられることのなかった表情で。
きっと社さんは『キョーコさん』の存在を知らないんだ。
偶然知ってしまった秘密。
敦賀さんも話すつもりはないのか、誤魔化してた。
そうやって大切に大切に敦賀さんの胸の中で想われている『キョーコさん』が羨ましかった。
なかなか名前を書かない敦賀さんに安堵する反面、いっそひと思いにバッサリ斬って欲しくて。
何故か苛々して…
「うぅ…ばかだ…私」
『キョーコさん』のことを私が知ってるってきっとバレた。
大切な人はつくれないと、あんなに辛そうに語った敦賀さんに対して酷いことを言ってしまった。
「もう、会わせる顔すらないよぉ…」
せめて手のかかる後輩としてでも敦賀さんの近くにいられたら。
そんなずるい思惑すら、自ら絶ち切ってしまった。
罪悪感と自己嫌悪。
私はしばらくそこから動くことができなかった。
☆
あれから1週間。
とにかく、たとえ偶然でも敦賀さんに会わないように、細心の注意を払って過ごした。
もともと分刻みに細かく決められたスケジュールを時間通りに熟す人だから、会わないように動くのは意外に簡単だった。
社さんからラブミー部に敦賀さんのお食事の依頼が一度だけあったけど、社さん経由でお弁当を渡してもらうことで勘弁してもらった。
夕方、部室に立ち寄った。
今日は1日中郊外でロケだと社さんから聞いてるから、敦賀さんに会うこともない。
安心して部室の扉を開けた途端、絶対に会いたくなくて、でもひと目見たいと焦がれた人が座っていた。
「お疲れさま。最上さん」
いつもと変わらない優しい笑顔の敦賀さん。
「…………」
「あれ?先輩に対してあいさつもないの?」
「………おはよう…ございます。あの…今日は1日ロケのはずでは…?」
「…あぁ、早く終わったんだ」
「そうですか…お疲れさまです」
「うん…」
「………」
途切れ途切れのぎこちない会話。
重い空気と沈黙を破ったの敦賀さんだった。
「お弁当ありがとう。すごく美味しかったよ」
これ、お土産。
そう言って小振りの紙袋を差し出す敦賀さん。
あんな失礼な後輩とはもう関わりたくないだろうと、捨てられる容器に入れて社さんに渡したのに。
「…っ!?」
袋を受け取るためにおずおずと伸ばした手を敦賀さんに掴まれた。
「なっ、なに…」
「今日は最上さんにお願いがあって来たんだ」
「っ!…」
いよいよ死刑宣告。
決別の言葉を浴びるのかと身体が強張った。
逃げたしたくても、握られた左手がそれを許してくれない。
「これ…」
もう片方の手で敦賀さんが差し出したモノに、私は言葉を失ってしまった。
「なんでっ…?」
視界に映った文字…
『最上キョーコ』
鳥に書かれた名前を見て、自分の発言が大きな誤解を招いたことに気づいた。
「ちっちがいますっ!私じゃ…」
「何がちがうの?」
「だって、敦賀さんの好きな『キョーコさん』は私じゃなくて…」
「俺の好きな『キョーコさん』は最上さんだけだよ。俺の気持ちに気づいてたんじゃないの?」
「う、嘘ですっ!だ、だってそんなはず…」
慌てて弁解する私に、敦賀さんは深く大きな最大級のダメ息をついた。
「っ…!」
反射的にビクンッと肩が震える。
「はぁ…何がどう行き違ってそうなったのかわからないけど…」
うそでしょう?
「俺のココにいる『キョーコ』ちゃんは、最上キョーコさん。君だけだよ」
私の手を握ったまま、敦賀さんは自分の胸にそれを押し当てた。
「敦賀…さん。心臓が…」
速い。
「うん。どんなに難しいアクションシーンの撮影より、どんなに大事な役のオーディションよりも…今が一番緊張してる」
吐息を吐き出すような敦賀さんの声。
「最上キョーコさん。ずっとずっと好きでした。おまじないに頼らないと告白もできないくらい。どうか…この鳥の目を俺と一緒に書いてほしい」
「あ…私…」
「お願いします」
そう言って敦賀さんは私の両手を包み込んで頭をさげた。
「やっ…敦賀さんっ!頭をあげてください!」
慌てて言うと、少しだけ頭をあげた敦賀さんに上目遣いで見つめられた
こんな時にいつぞやのカイン丸な表情はずるい。
「っ…私…代マネをした時に敦賀さんが夢現のなか『キョーコちゃん』て言ったのを聞いたんですっ。あの頃の敦賀さんは私のことを…き、嫌ってて…だからっ…」
言いながら涙が溢れてきた。
泣きたくなんてないのに。
私の言い分を聞いた途端、敦賀さんはガバッと身体を起して、ものすごくバツの悪そうな顔をした。
「その事については言い訳させて?その前にその涙…俺、自惚れたままでいいんだよね?」
大きくて形のいい掌が私の頬を包んで、綺麗な指が涙を拭う。
ぎゅうっと目を瞑って頷くと、更に涙が溢れたけど、それも敦賀さんは優しく拭ってくれた。
☆☆☆
「はいコレ」
敦賀さんからのタネ明かしはあまりの衝撃で、私は暫くパニックになった。
漸く落ち着いたところで、敦賀さんは私に1本の青いペンを手渡した。
「この鳥に目を書いて?」
「このおまじない、敦賀さんが書くべきなんじゃないんですか?」
そう言うと、テーブルに頬杖をついたまま少しだけ恥ずかしそうに告白した。
「俺、本当に絵心ないんだよね。キョーコは器用だから絵も上手いんじゃない?」
「………キキキキキキョーコ!!?」
突然の名前呼びに、心臓が飛び出るくらい驚いた。
「だって、今日から俺はキョーコの恋人でしょ?」
もうもうもうっ!さっきまでのしおらしさはどこへ!?
敦賀さんの手から乱暴にペンを奪って、淡緑色の紙を引き寄せる。
「僭越ながら最上キョーコ、この鳥さんに目を入れさせていただきますっ!少女漫画ばりの睫毛バシバシなパッチリお目々がいいですか?それとも、スーパーモデル級の切れ長の流し目にしますか!?」
「ふはっ…ふ、普通でお願いします」
照れ隠しにそう言うと、敦賀さんはお腹を抱えながら笑った。
敦賀さんにつられて私も笑いながら、淡緑色の鳥に目を書き足す。
『最上キョーコ』
綺麗な字で丁寧に書かれた自分の名前。
生まれてから今までで1番その名前を愛おしいと感じた。