突然控室に入ってきた先輩女優は、とりとめのない会話をした後、胸元に倒れ込む振りをして寄りかかってきた。
「連絡待ってるわ」
咄嗟に支えてしまったその隙にさりげなく胸のポケットに紙片を忍ばされた。
「キ、キョーコ…」
しかもその現場を、あろうことか恋人であるキョーコに見られた。
「お疲れ様です敦賀さん。すみません。今日は社さんに用事があって、控室までお邪魔してしまいました」
あくまで『先輩後輩』の関係を崩さない口調で丁寧にあいさつしたキョーコは、俺の横をすり抜けて社さんの前まで進む。
「あ、あの…キョーコちゃん?」
「社さん。先日事務所でお会いした時から気になっていたんです。最近栄養バランス崩れてませんか?お肌が荒れてしまっていますよ?」
「え?ええっ?」
そう言って、大の男の為には少々小振りなお弁当包みを社さんに差し出す。
「よかったらこれ、召し上がってください。野菜を多めにして、ビタミンもたくさん摂れるようなメニューにしましたから」
「いや、キョーコちゃん
…これって…」
「マネージャーさんだって身体が資本ですよね。それではお仕事頑張ってくださいね」
青い顔で慌てる社さんにお弁当を持たせて、通りすがりにさりげなく俺に会釈をしたキョーコは、笑顔で控室を去って行った。
☆☆☆
「た、ただいま…」
自分の部屋に帰るのにこんなに緊張したのは初めてだ。
「おかえりなさい!」
帰宅した俺を玄関で出迎えてくれたキョーコの様子は、いつも通りだった。
「今日は特別寒かったので、お鍋にしましたよ!大将から美味しい日本酒もいただいたんです」
笑顔で俺の腕を引っ張ってリビングまで誘導するキョーコの様子に少し安心した。
「キョーコ、これ…」
昼間キョーコが社さんに渡した弁当箱をキョーコに渡す。
「………」
「キョーコ、あの「さあ、はやく食べましょう!敦賀さん、手洗いうがいはしましたか?」
弁当箱を受け取ったキョーコは、有無を言わさず俺を洗面所へと送り、自分は最後の仕上げをとキッチンに戻って行った。
☆☆
「はぁぁ~。やっぱり寒い日はお鍋が一番ですねぇ」
「とても美味しかったよ。大将がくださったお酒も本当においしいね」
キョーコは昼間のことなどなかったかのように、いつも通りだった。
キョーコの美味しい手料理と旨い日本酒、そしていつもと変わらない優しいキョーコに、俺はすっかり安心していた。
「敦賀さん」
隣に座るキョーコの肩を抱き寄せ、こちらを向いた唇に口付ける。
恥ずかしがり屋の彼女が珍しく俺の傍に擦り寄ってくる。
彼女の20歳の誕生日から付き合いはじめて1年。
相変わらず先輩後輩の気分が抜けきらないキョーコだったが、今日は酒のせいかトロンとした瞳で下からのぞき込んできた。
いつもは色白な頬も今日はほんのり紅く、唇も心なしかぽってりして、少し開いた口元から見える小さな舌にドキリとする。
さりげなく俺の膝に置かれた細く小さな掌も、いつもより熱い。
ふんわりと甘い香りを漂わせるキョーコの首筋に吸い込まれるように唇を寄せる。
「だめです」
ふいにその唇が躱される。
「キョーコ?」
戸惑っている隙に、熱を持ったキョーコの指先がするりと俺の首筋から肩、そして胸の上を辿る。
セーター越しの感触がもどかしいが、いつになく積極的なキョーコの仕草に、それだけでゾクゾクした。
掌の後を辿るようにキョーコは俺の身体に唇を這わせる。
俺はされるがまま、キョーコに身を任せた。
ゆっくりと下降していくキョーコの指先と唇。
遂にキョーコの掌は俺のセーターの裾から直接素肌へと忍び込んだ。
期待が確信へと変わり、キョーコの頭に手を乗せた。
「ん…キョーコ……つっ!?」
その瞬間、思いがけず走った僅かな痛み。
「な、なに…?」
腰骨のあたりをきつく吸われたと理解したのと同時に、顔を伏せたままの彼女がその部分に舌を這わす。
「っ…はぁっ…」
視線を落とした先に見えた彼女の姿は、まるで俺の下腹部に顔を埋めているようで、明るいリビングの下、この先の情事を期待させる光景だった。
「キョーコ…っ…」
「誰にも見せちゃだめですよ」
言って指先で痕を撫でる。
俯いたまま視線は決して合わせない彼女が、昼間のことを気にしているのは明白だった。
はじめて触れた彼女の嫉妬の熱量
小さな独占欲の証
その小さな印が愛しくて、宝物を愛でるようにそっと無でた。