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高校生×家庭教師

 

 

 

 

「だからこの問題は……ちょっと、聞いてる?」

 

「んー……あんまり…?」

 

学年末テスト間近の2月下旬。

バイトである家庭教師先の生徒、敦賀くんは私の書きとめる対数関数には目もくれず、なぜかやたらと冷気のこもった視線で私の横顔ばかり見ている。 

 

「も、もうっ今日はどうしちゃったの?」

 

いつもにこにこと優しい笑顔を見せてくれる彼だけれど、今日はなんだか様子が違う。

見えない恐怖を背筋に感じて、相手は高校生で年下だというのになぜか緊張がはしる。

 

普段は私の手元を見ながら、いつも時間いっぱい集中して授業を聞いてくれるのに。

もしかして、具合でも悪いのかしら。 

 

敦賀くんは背がすごく高くて、手脚もモデルさんのように長い。 

顔だって、初めて会った時にはまるで美術品か何かと勘違いしてしまうほど左右がバランスよく整っていて、柔らかく穏やかで落ち着いた物腰は高校生とは思えないほど様になっている男の子だった。

もちろん勉強面でも全く問題なくて、私の通う大学が志望校だって言うけれど、模試の結果を見る限り家庭教師なんていらないんじゃないかといつも思ってしまう。 

 

「先生…大学って楽しい?」

 

「うん楽しいよ!」

 

事情があってなかなか苦い高校生活を送っていたけれど、大学に入ってからは親友と言える友人も出来たし、尊敬する先輩もいる。 

授業は難しいけれど、教授の話はとても面白くて勉強になる。

大学生活は充実してるって自信をもって即答できる。 

 

「合コンも楽しかった?」

 

「え…?」

 

楽しく充実した大学生活に思いを馳せていると、隣から浴びせられた非難の籠った声にピシャッと意識を戻された。

 

「な、なんで…?」

 

「社さんから聞いた」

 

さすが高級マンションていうだけあって、24時間空調管理が徹底しているマンションとはいえ、真冬にはありえない程の汗が噴き出た。 

 

「先生、俺の気持ち知ってるよね」

 

「あ、あの…」

 

「それなのになんで合コンなんて行ったの?」

 

「だ、だから…」

 

「先生みたいに可愛くて料理上手で優しいのにオトコに免疫のない人が合コンなんて行ったら、飢えて盛りのついたオトコ達にあっという間に食べられちゃうよ!?」

 

「いやあの…」

 

確かに合コン…というか飲み会には行った。

でもそれには事情があって、同じ講義をとっている大原さんにノートを貸したお礼にご馳走するって連れていかれたら、そうだった…っていう話で。

 

敦賀くんには家庭教師について少ししたころに告白された。 

最初は、高校生とはいえやたらと女性の扱いがスマートで手慣れた彼を遊び人認定していたから、本気なわけがないって思っていたけれど、会った時の些細な仕草や、言葉の端々に込めた想いに触れる度、彼の気持ちを信じてもいいんじゃないのかなって思うようになった。

 

「俺…すごく傷ついた…」

 

「…っ!?」

 

哀しそうに机に顔を伏せ、腕の中から目だけを覗かせた敦賀君は、まるで捨てられた子犬みたいできゅうぅって胸が締め付けられた。 

 

「あの…ごめん…ね?」

 

なんだかもの凄い罪悪感に駆られた私は、ついつい謝ってしまった。 

そしてそんな感情が最大級のうっかりミスを招いたことに気づいた。

…けど、手遅れだった。

 

「先生…反省してる?」

 

顔を上げた敦賀君は、腕を伸ばして私の頬をそっと撫でる。

 

「や…あ、あの」

 

「して、ないの…?」

 

なんだか話の流れがよくない方向へと進んでいってる。 

 

「そ、そういう訳では…」

 

「じゃ、反省、してるんだよね?」

 

有無を言わせない視線が怖くて言葉が出ない。

 

「沈黙は…肯定…でしょ?」

 

「……」

 

「俺、お願いがあるんだけど…」

 

その言葉に素早く危険を察知した私は、急いで荷物を纏めると、今日の宿題を出すことも忘れて授業を切り上げ、敦賀邸をダッシュで飛び出した。

 

 

 

☆☆☆

 

 

「や、社先輩!!最上です!助けてくださいっ!!」

 

敦賀くんの元から逃げ出した私は、迷惑と承知の上で、大学の先輩である社さんのマンションのインターフォンを連打する。 

 

私は今、人生史上最高のピンチに陥っていて、それを理解し救いの手を差し伸べてくれるであろう唯一のj人物の元を訪れていた。

 

ガチャ…。 

静かにゆっくり開く扉。 

そして顔を覗かせる社先輩に、必死で助けを求めた。

 

「せ、先輩!助けて下さい!私…」

 

先輩の姿に少しだけ安堵して、事情を説明しようとした矢先…

 

「キョーコちゃん、ごめん…」

 

開いた扉。

現れた社先輩の後ろには…

 

「つ、敦賀くん…」

 

「ごめんキョーコちゃん…ここはもう…魔王の手に堕ちた…」

 

がっくりと項垂れる社先輩。 

そのうしろからは、キョラキュラ100パーセント。

満面の笑みを浮かべた魔王…いや私の生徒、敦賀くんが立っていた。

 

「最上先生、俺のお願い、聞いてくれるよね?」

 

退路を断たれた私と、住処を占拠された社先生は、寄り添い震えることしか出来なかった。

 

 

 



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