久しぶりにパラレルじゃないのを書いてみました。



★。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。


相も変わらず分刻みのスケジュール。
仕事を貰えることはありがたいことで、どんな役でもどんな仕事でも、着実に自分への経験と役作りに結びついていると思えば、その一つ一つが大切な積み重ね。 
そう思ってすべての仕事に意欲的に取り組んでいる。
それでも…
目の回るような忙しさに時々息切れすることもある。 
実際今がその時だ。 
疲労と睡眠不足。
現場で出される冷たくこってりとした仕出しの弁当。
そして何より…

(もう、何日顔を見てないんだろう…)

連日続く深夜までの撮影で、電話をすることもままならない。
せめて声だけでも聞けたら…

『だったらさっさと告白して、いつでも声が聞ける権利を手に入れろよ!』

呆れ顔の社さんに何度そう嗾けられたことか。 

そうは言っても相手はラブミー部最強のラスボス。 
恋なんて全否定。
どんなに思わせぶりな態度を示したって掠りもしない。
それどころか態とかと思うくらいにとことん曲解してくる思考には、もはやお手上げ状態だ。


「蓮、先方の都合で雑誌の取材が1件流れた。今日はこれで仕事も終わりだ。俺は俳優部で調整と事務処理をするから」

急にかかってきた電話の対応を終えた社さんが、俺にスケジュール変更を告げる。 
事務所で取材を受ける予定だったが、相手の記者が来れなくなってしまったらしい。 

「そうですか。じゃあ俺も俳優部に顔を出します」

「なに言ってんだよ。お前には他に行くところがあるだろう?」

「え??」

「ラブミー部室。この時間、キョーコちゃんが部室にいることはリサーチ済みだ」

「社さん…」

「ほらっ、こんな時間に終わることなんて滅多にないんだから、キョーコちゃんとお茶を飲むなりおしゃべりするなり、膝枕してもらうなり!英気を養ってこいよ!」

「膝枕って…」

「ほらほら早く行け!」

追い立てるような社さんに背中を押され、俺はラブミー部の部室に向かった。


☆☆

コンコン

「はぁい」

軽くノックをすると、制服姿の最上さんが出迎えてくれた。 

「敦賀さん!!」

「やあ最上さん。時間が空いたんだけど、少しここで休ませてもらってもいい?」

俺の顔を見るなり笑顔になってくれた最上さんの表情に安心と同時に、抱き締めたい衝動に駆られる。 
そんな衝動をぐっと堪えて、平静を装って尋ねる。

「もちろんです!あ、あの…」

「ん?なに?」

もじもじと制服のスカートを握りしめ、上目づかいで俺を見上げる最上さん。
疲労と睡眠不足で理性の箍が緩みはじめた俺にこの攻撃はなかなかの威力だ。 
ぐらりと揺れそうになる気持ちを必死で隠す。

「あ、あの…私…。敦賀さんにお会いできて嬉しいですっ。あ、あ、会いたかった!」

顔を真っ赤にしてそう言いう最上さん。

(…幻聴か?)

まさか彼女の口からそんなセリフが出てくるとか、もしかしてこれは幻覚かなにかか?

「俺もだよ?」

動揺を隠して、本心だけをさりげなく告げてみた。
花が綻ぶように潤んだ大きな瞳に吸い寄せられるように彼女に近づく。

「敦賀さん…」

最上さんも俺に向かって一歩前へ歩み寄り、俺の両手首を纏めて握った。 

「敦賀さんは昨夜、何を召し上がりましたか?」

「…え?」

不意の質問に戸惑う。

昨夜は映画の撮影の間に出された弁当がこってり脂っぽくて、蓋を開けて2秒後にはそのまま閉じてしまった。
社さんは何か言いたそうにしていたけれど、いつものことと諦めたのか、珍しくお咎めはなかった。

「敦賀さん?」

「食べ…たよ?」

「何を?」

痛い。
まっすぐな彼女の視線が痛い。 

「あの…あれを…」

「あれって?」

徐々に彼女の目が据わってゆく。 

「………ごめんなさい」

俺は観念して素直に謝った。
その途端、最上さんが握りしめていた俺の手を高く掲げて叫んだ。

「19時25分!犯人自供!!」

「確保ー!!」

バタァン!!
勢いよく開いた扉を開けて部室に駆け込んできたのは社さんだった。

「社デカチョー!犯人が自供しました!」

「でかした最上巡査!では早速署まで連行してくれ!」

「はっ」

最上さんと社さんはお互いにビシッと敬礼し合う。

「あの…社さん…これは一体…?」

戸惑う俺に社さんはニヤリと笑って、ネタ晴らしをしてくれた。 

「お前最近、普段に増して食が細くなっていただろう?もうこうなったらキョーコちゃんに頼るしかないと思って」

それなのにお前と来たら、ヘタレてなかなか連絡しないし…なんて彼女に聞こえないくらいの声でコソコソ愚痴ってくる。 

「あの、敦賀さんごめんなさい。でも、忙しい時こそお食事って大事ですから…」

「キョーコちゃんが心配して俺に連絡くれたんだ」

最上さんのその気持ちが嬉しかった。

「うん。心配してくれてありがとう」

社さんの提案に乗っただけなのに、申し訳なさそうにしている最上さんにお礼を言う、嬉しそうに頬をピンクに染めて照れる最上さんは今日イチの可愛さだ。
思わず抱き締めそうになり、最上さんに掴まれたままなことに安堵した。

「さぁキョーコ巡査!被疑者をこのまま署まで連行してくれ!」

どうやら刑事コントはまだ続いていたらしい。
社さんに促され、最上さんも続ける。

「了解いたしました社デカチョー!では、失礼いたします」

再び敬礼した最上さんは、荷物を纏め始めた。
さっきまで俺を掴んでいた彼女が外れてしまった。

「最上さん、署って…?」

「はいっ。これから敦賀さんのおうちまで敦賀さんを連行して、お食事を召し上がっていただきますっ」

随分気に入ったのか、最上さんは俺に対しても敬礼している。
最上さんは社さんに再度敬礼とともに丁寧な挨拶をして、俺を誘導して部室を出た。



廊下に出て扉を閉めると、最上さんが申し訳なさそうに俯く。 

「すみません敦賀さん。こんな強引に…」

「いやとんでもない。俺の身体のこと、気遣ってくれたんだろう?」

嬉しさのあまり、自分でも自覚できるくらい甘い声が出た。

「さぁ、最上巡査。俺を署まで連行してご飯食べさせてくれるんでしょう?」

右手を差し出して、先ほどの社さんとのノリを真似ておどけて見せる。 

「はいっ!」  

嬉しそうに顔を上げた。 
その笑顔に俺も嬉しくなる。

いつもならここで彼女をエスコートするべくさりげなく腰に手を回すところだけど…。

「では敦賀さんを連行させていただきますっ!」

そう言って最上さんは俺の右手を引いて駐車場までの短い道のり歩き始めた。


握りしめた小さな手の平から伝わる温もり。

まだ暫く続くハードなスケジュールも、彼女からもらう元気があれば、余裕で乗り越えらる気がした。




web拍手 by FC2