大きな街のはずれにある大きな大学病院。
広大な敷地のその中心には、広く日当たりのいい中庭がある。
「今日もおかあさんは来てくれなかったの…」
病院の裏にある小さな庭は、中庭と違って少しひんやりとしていた。
「きっと、お仕事が忙しんだね」
車いすを押しながら、しょんぼりと俯きがちにそこへ座る彼女に、なるべく優しい声で語りかけた。
「キョーコ待てるよ。だってもうすぐ1年生だもんっ」
「キョーコちゃんはえらいね」
そっと彼女のまるくて小さな頭を撫でると、くすぐったそうに笑い声を立てながら僕に笑顔を向けてくれた。
「…ねぇコーン」
「なに?」
「コーンは、生まれ変わったらなにになりたい?」
「え?」
さっきまで笑顔だったはずのキョーコちゃんの表情が、一瞬のうちに陰りを帯びた。
「わたし、もうすぐしんじゃうのかな」
「キョーコちゃんっ!」
まだ、たったの5歳だ。
僕の半分くらいしか生きていないのに…。
「生まれ変わったら私もコーンみたいな綺麗な妖精さんになれるかな」
「っ…僕はっ」
「わたし、今度手術するんだって」
キョーコちゃんの病気の具合が芳しくないのは、なんとなくわかっていた。
会いに行っても、『今日はごめんね。キョーコちゃんに会うことは出来ないの』そう何度か看護師さんに言われたことがあるから。
そんな時は、ドクターやナースがキョーコちゃんの病室を慌ただしく行き来していたから。
「絶対大丈夫だよ!手術は上手くいくよ!」
「ほんと?」
僕を見上げるアーモンド色の大きな瞳はもう零れそうなくらいに潤んでいる。
こんな小さな身体いっぱいに溢れるくらいの不安を抱えている彼女。
「うん、その日は僕も手術室の前で祈っているよ。キョーコちゃんが手術を終えて帰って来るのを待ってる!」
「ありがとう」
花が綻ぶように一瞬で笑顔になったキョーコちゃん。
それからは、裏庭に咲いた小さな花を摘んだり、拾った石をハンバーグに見立てておままごとをしたり。
彼女が喜ぶことならなんでもしてあげたいと思った。
コロコロ変わる表情が可愛くて、彼女のこんな笑顔をずっと大事にしたいと思った。
それから数日して、キョーコちゃんの手術の日が決まった。
手術室の前で祈るって約束したのに。
キョーコちゃんが無事に手術を終えて帰って来るのを待ってるって約束したのに。
僕はその約束を果たすことが出来なかった。
その日、僕は死んでしまったから。
★★
敦賀蓮18歳。
久しぶりの日本は古い記憶のとおり蒸し暑い。
生まれ育った母国から飛行機で約12時間。長時間のフライトで凝り固まった全身の筋肉を伸ばし、深呼吸した。
空港を一歩出れば、8月の照り付ける太陽と、日本独特の水分の高い湿った空気が全身を包んだ。
「あつ…」
途端に肌を滑るように噴き出した汗をグイッと拭いながら空を見上げた。
(キョーコちゃん…)
青い空に浮かぶ、真っ白な夏の入道雲を切り裂くように飛ぶ飛行機を見上げ、会いたいと願う少女の顔を思い浮かべた。
(大丈夫…きっと生きてる)
いつの間にか詰めていた息を解放して、俺は東京の地へと足を踏み出した。
★
「よぉ、よく来たな蓮」
「ボス、これからお世話になります」
東京の中でもかなりの高級住宅街。
そのど真ん中に聳え立つ豪奢な洋館。
俺の住んでいた家も、アメリカの中では比較的裕福な家が多い土地だったけれど、そのどれよりもここは大きくて派手な家だと思った。
「それで?前世で出会った女の子に会いたいだって?」
こんな非現実的な話を信じてくれる人がいるとは思わなかった。
「はい。彼女がいまどうしているか知りたいんです」
「もう死んでしまっているかもしれないぞ?」
「必ず会えると信じてます」
「そういう話は嫌いじゃない。俺が協力してやるよ」
ワイングラスをゆっくりと揺らし、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべたボスが言った。
キョーコちゃん、君に会うために俺は…