どうしたことか…

 

俺は目の前の光景に言葉を失った。

 

 

この病に侵されて早1年と少し。

進行の早いこの病気が、既に末期を迎えているという自覚症状はあった。

俺の病状を心配して見守ってくれているはずの社さんは、時々薬を装った猛毒を俺に向かって放り投げてくることがある。

 

 

それが今だ。

 

裾にフリルがついた大きなリボンの白いエプロン。

両腕を上げて首元のリボンを結ぶ姿はなんとも言えず、なぜか一瞬視線を逸らしてしまった。

出会った頃より少し伸びた栗色の髪はサイドで二つ結び。

しかも今日は例のどピンクなつなぎ姿じゃなくて、オフショルダーのワンピース。

ふだん隠れている白くほっそりとした肩がなんとも美味し…

 

「んんっ」

 

自分で自分の思考が不謹慎だと咳払いをする。

 

「敦賀さん…お風邪ですか?」

 

「いや…大丈夫…」

 

野菜を洗う手を止めて振り返ったその目は大きくくりくりとしていて、無意識に小首を傾げる様が小動物のようで庇護欲を掻き立て、触れたくて抱きしめたくてたまらなくなる。

 

「いつもありがとう」

 

無意識に伸ばしてしまった手を慌てて引っ込めるのも不自然で、そのまま彼女の頭の上に乗せ、そっと撫でた。

 

「なっ!?…もうっ…子供扱い…」

 

恨めしそうに睨むその目だって、ぷくっと尖らせた唇だって…

君がするとただただ可愛いだけ。

 

「そんなことしてないよ」

 

無表情を装いそう答えるのが精一杯。

 

「もう…」と納得のいかなそうな顔をした最上さんは気を取り直してシンクに向かう。

流れるような手際の良さに感心してそれを後ろから眺める。

 

両サイドに結んだふわふわと揺れる髪。

細身の身体に白いエプロン。

少し大きめのリボンが彼女の腰の細さを強調し、ミニスカートから伸びた脚はすらりと細長く、完璧なフォルムを作り出している。

 

まずい…

 

このままじゃ、衝動的に手を出してしまいそうだ。 

 

危険物はなるべく視界に入れないように

細心の注意を払って、でも近くには居たくて…

 

試行錯誤の末、「要は見なければいい」という結論に至った俺は、彼女の隣で手伝いをすることにした。

 

「手伝うよ」

 

「そんなっ!敦賀さんはお疲れなんですから、リビングで休んでいてくださいっ」

 

恐縮して断る最上さんに「俺、邪魔?」と物悲し気な目線で訴えれば、「ぐぎぎっ」っとおかしな声を出して首を横に振った。

 

いくらかの攻防の末、彼女から野菜の皮むきを仰せつかった。 

以前は鶏肉だって素手で引き千切っていた俺だが、彼女と台所に立ちたい一心で「お手伝い」を覚えた。

 

彼女の隣に並んで料理をする。 

 

「さすが敦賀さんですね。少し教えただけでこんなに手際が良くなるなんて」

 

次々と均等な大きさに刻まれていく野菜を目にして、最上さんが感心したように呟く。

 

「先生が良いからじゃない?」

 

視線は野菜から外さないままで答える。

「うふふ」と楽しそうに笑う最上さんの可愛い声。

 

「…っ!」

 

ふわっと甘い香りが鼻先を掠めた。

 

料理のそれとは違う石鹸の香り。

彼女が動くたびにふわふわと揺れるように俺の周りを石鹸の香りが囲む。

 

(だめだっ…)

 

俺の好みドンピシャなエプロン姿に理性を見失わないため、視界に入れないように隣に立ったのに…。

 

視覚だけじゃない。

彼女は俺の聴覚からも嗅覚からも、いとも簡単に絶大な威力の攻撃を仕掛けてくる。

 

彼女の無意識の誘惑はどこまでも俺を追い詰める。

 

ダンッ!!

 

大きな音を立ててまな板に両手をつき項垂れる俺を、心配そうにのぞき込む最上さん。

 

「敦賀さん、具合でも悪いんですか?」

 

「…いや、大丈夫」

 

なんとか絞り出した一言。

 

「あの…やっぱりリビングで休まれた方が…?」

 

心配そうに俺を気遣う。

 

「……そうさせてもらうよ」

 

彼女のそばには居たいが、ここは危険すぎる。

 

 

 

☆☆

 

 

リビングに戻りソファに腰かけると、タイミングよく湯呑みに入ったお茶がテーブルに置かれた。

 

「もうすぐお夕飯のご用意ができますから、お茶でも飲んで待っていてくださいね」

 

丸いお盆を胸に抱えてはにかむ姿はまるで新妻の…

 

「んんっ…………ありがとう」

 

「やっぱり風邪なんじゃ…?喉に優しい飲み物に取り替えますねっ」

 

慌てて踵を返す彼女の腕を咄嗟に掴んで引き留めた。

勢いあまってソファに座る俺の膝の上に乗せてしまったのは、決してわざとではない。

 

大事なことなのでもう一度言う。

わざとではない。

 

しかし、先ほどキッチンで香った彼女の甘い花のような香りを前に、理屈とは裏腹に俺の本能と身体は正直で……。

彼女のお腹に回した腕にぎゅっと力を込め、項に鼻先を埋めた。

 

「あ、あの…敦賀さん?」

 

だって仕方がないじゃないか。

俺の病は既に末期なんだ。薬なんか効かない。

もっと強い強い毒でもって、毒を制するしか手段はないんだ。

 

「最上さん。このままで聞いて」

 

「はい?」

 

呑気な声を出していられるのも今のうちだ。

 

 

「俺は君のことがーーー」

 

 


 



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相変わらずのご無沙汰です。

引っ越しからのお葬式…。

なんだかんだバタバタしておりました。

そろそろ私自身通常仕様に戻らねば…と、お話を書いてみました。

またぼちぼち書き散らかせたらと思っております。

お時間ありましたらお付き合いいただけると嬉しいですチュードキドキ