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高校生×図書館司書






平日の夕方。

半分くらい席が埋まっているはずの図書館は、人の気配はあってもシンと静まり返っていて、隣接する児童館で遊ぶ子供たちの声が窓越しに微かに聞こえるだけ。

アメリカにいたころはほとんど行ったことがなかったけれど。

図書館とはこんなに静かな場所であった記憶はない。

張り詰めたわけではない穏やかな静寂。

この空気が心地いい。

 

窓際の大きなテーブルの片隅を陣取って、広げているのは漢字練習帳。

放課後は図書館へ行き日本語の勉強をするのが習慣になった。

アメリカから日本に来てまだひと月。

父親が日本とのハーフだから会話には全く問題ないけれど、読み書きにはまだ不安が残る。

漢字はとても興味深い。

同じ読み方をしても、字も意味も全く違う。

その曲線と直線の組み合わせは眺めているだけでも楽しいだけでも楽しい。

書くのは本当に難しいけれど。

学校の授業についていけくはないが、やっぱり文字がぎこちない。

早く上手く書けるようになりたい。

シャーペンを握り直しノートに向かったところで、閉館時間を告げる音楽が流れはじめた。

 

(今日はここまでか)

 

荷物をまとめ、今日借りて帰ろうと思っていた本を数冊抱えカウンターに並んだ。

 

「お願いします」

 

自分の順番がきて、本と貸出カードをカウンターに出す。

薄い肩にかからないくらいの栗色の髪が目に入った。

俯いたまま手早く貸出手続きをする、その小さな指先をなんともなしに目で追う。

胸元のプレートには『最上』の文字。

なんて読むんだろう。

 

「返却期限は2週間後です」

「はい」

 

トントンと本を整えカードと一緒に渡されるまでの流れるような手さばき。

 

「勉強がんばって」

「えっ…」

 

思わずみたその先には、視線は本に落としたまま、口角が少しだけ上がった薄い唇が、微笑んだように見えた。

 

「次の方どうぞ」

 

次を促す落ち着いた静かな声。

慌てて避ければ、もう彼女の関心は次の人へ。

口を挟む隙もないまま俺は図書館を後にした。

 

 

 

 

昔から本は好きだった。

大人になったら本に囲まれた仕事がしたいと思っていた。

幼いころ、あまり家に居場所がなかった私の唯一、自分だけの時間を持てるところが図書館だった。

穏やかな静寂。

本のにおい。

その場所にいるだけで気持ちが安らいだ。

 

きっかけは、近所の高校に通う女の子たちの噂話。

私語が禁止のこ図書館で、その女の子たちのコソコソとした話し声は、殊の外響いていた。

注意をしようと近づいた彼女たちの視線の先に、その男の子はいた。

窓際の大きなテーブルの片隅。

長い足を窮屈そうに机の下に押し込めて、ノートに向かっている。

遠目にもわかるはっきりした顔立ち。

すっと通った高めの鼻に左右均等に配置された切れ長の瞳は、長いまつ毛に覆われて、少しだけ厚めの唇がその完璧な容姿に更に色気を含ませる。

学生服を着ていなければ到底高校生には見えないほどの大人びた表情は、同年代の女の子達からしたら憧れの存在なんだろうことがわかる。

 

一度気になってしまえば、よく目につくもので、少しずつ彼のことを知るようになった。

週に3日はここにきていること。

近くにある私立高校の学生であること。

その学校が帰国子女を積極的に受け入れている学校であること。

一生懸命日本語を勉強していること。

 

 

彼の名前が『敦賀 蓮』ということ。

 

 

 

 




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