書架で助けてもらった日以来、図書館に行く楽しみがひとつ増えた。

目が合えば会釈をし、カウンターに人がいなければ二言三言交わし、おすすめの本を教えてもらう。

そのひとつひとつが楽しみになり、いつしか最上さんに会うこと自体が図書館へ行く目的の一つとなった。

 

よく晴れた休日。

今日も図書館へ行こうと準備を始めたところで、ノートがそろそろ切れそうなことを思い出して、駅前へと向かった。

文房具屋で目当てのものを購入し店を出ると、道の向こうに最上さんを見つけた。

急いで信号を渡り、動悸を整えてから声を掛ける。

 

「買い物ですか?」

 

急に声を掛けられて驚いた様子の最上さんだったが、俺の顔を見てふわりと微笑んでくれた。

その両手には重そうなビニール袋が二つ。

小さな手に持ち手が食い込んで痛そうだ。

 

「貸してください」

 

返事を待たずに最上さんの手から荷物を取り上げる。

慌てた最上さんが手を伸ばしてくるが、笑顔でそれを伏せた。

 

「あの、ありがとう」

 

隣を歩く最上さんが申し訳なさそうに俺を見上げる。

 

「今日はお休みですか?」

「うん。だから買い出しに…

 

そうか、図書館に行っても最上さんには会えなかったのか。

尚更偶然会えてよかった。

自分の肩のあたりで揺れる栗色の髪が、日差しに反射して光る。

柔らかそうな神から香る甘い匂いに体温が上がるのがわかった。

 

「料理、得意なんですか?」

 

話題を探して、ビニール袋を揺らす。

 

「得意っていうか…一人暮らしだし、外食はあまり好きじゃないから。一緒に食べてくれる人ももういないし…」

 

もう…?

じゃあ前はいた?

心臓がざわざわして、ひどく不快だった。

なんだろうこの感覚は。

最上さんの顔を見れば気が晴れるのではないかと隣を見ても、彼女の表情は俯いていて見えない。

ただ二人の間に漂う空気が、さっきまでと打って変わって冷たく重いものになってしまっていたことは確か。

 

「今日は何を作るんですか?」

「えっ…ハ、ハンバーグ」

 

なんとか話題を変えようと見つけた言葉は間抜けなものだったけれど、それに反応して嬉しそうに答える最上さんについ吹き出す。

 

「好きなんですね。ハンバーグ」

 

予想外の反応にクククッと腹を抱えれば、紅潮した頬を膨らませた最上さんが俺を見上げている。

年上とは思えないその仕草さえ、可愛らしくて仕方なかった。

くるくる変わる最上さんの表情を見ていたら、心臓の違和感はどこかへ吹き飛んだ。

ほら、やっぱり彼女は特別だ。

 

 

 

 

休日の朝でも、起きる時間はあまり変わらない。

普段より少しだけ丁寧な掃除と洗濯。

今日は天気が良いから大物も洗って干した。

近所のスーパーで買い物を終えて店を出たところで、道行く女の人達がなにやら頬を染めて振り返っている姿を何人も見た。

その女の人達の視線の先にいたのは

 

(敦賀くん…)

 

周囲の視線もものともせず長い足でずんずんと信号を渡って、敦賀君は私の目の前まで来た。

たかが図書館で少し会話を交わす程度の私にまで気さくに声をかけてくれるなんて。

更に荷物まで持ってくれて、周囲の人の視線も相まっていたたまれない。

 

「つ、敦賀君は好きな食べ物なに?」

 

話の流れから好きな食べ物の話題になったところで、彼の口から聞き捨てならない言葉が。

 

「うーん…俺、あんまり食べることに頓着しないというか…」

 

聞けば今朝もゼリーの飲料で済ませたとのこと。

夕べに至っては食べた記憶すらないとか。

敦賀君は学校の都合でご両親より先に日本に来たせいで、一人暮らしだということも知った。

 

「もうっ、敦賀君!」

 

敦賀君の手をぐいぐいと引っ張って、私のアパートまで連れて行った。

 

 

 

 



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