自殺未遂 | 世・紀・裸・裸・(セキララ)-私の中の黒いモノが疼きます。

自殺未遂

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読む前におしてくださーぃ。お願いしますd(゜ー゜*)ネッ!

こんにちわ、サマンサです。v(。・ω・。)ィェィ♪


先日、初めて心療内科へ行ってきました。にこ


「欝でしかも自殺未遂までしてるのに初めて?!ビックリ


きっと、皆さん驚いているんじゃ?えっ(ーー;).。oO(想像中)


まっ、今まで行かなかったのではなく、行けなかった理由は二つ。ポイント


一つはモラ次郎。怒


「心療内科へいってみようかなぁ・・・ためいきと言う私に対しモラ次郎が即答。


モラ次郎

笑心療内科なんか、恥ずかしいやんかぁ~!!やめてやぁー!!きちがいの嫁をもってるみたいやん。(爆)

お前、病院なんかいかんでも笑っといたらええねん。

吉本でもみときぃーや(笑)』


とまぁ、こんな具合で・・・。


もう一つは¥診療費がない!!ガーン


これはモラ次郎よりも切実です。あせる


私は持病が喘息DASH!で、常におくすり薬を常備しており、その¥診療費と薬代だけで月に約7000円しょぼんほど。


借金王王冠1で毎月赤字の我が家からは私のメンタル医療費など出るはずもなく・・・。汗



「鬱病なんかで死なない!」っていうモラ次郎の命令どおり、心療内科へは行きませんでした。・・・。



どうしても辛くて子供にさえ元気な顔を見せられないときは、アメリカから輸入をしたセントジョンズワートを飲み、

一日中(● ̄  ̄●)ボォ----っとするようにしてました。



でも、これは喘息薬とは相性が悪く、最初、知らずに飲んでドクロえらいめにあったんですよ。。。。



この葉ハーブは毎日飲まずに、欝が酷いときしか飲まないように心がけ、できるだけ気分を紛らわせるようお風呂*半身浴をしたり、ァロマテラピー*アロマをしたり。


とにかく、自分が鬱病だという認識があったので、なるだけ、鬱病を克服できるような努力をしようと頑張ってはいましたが、やはり限界があったようです。がっかり



鬱病が酷くなっていることに気づかないまま、数年が経ち、テレビTVを見ても、何をしても笑えない自分。どーん


とうとう、カバン買い物に出ることさえ億劫になり始め、そうじ家事をするのも一苦労になり、また、それがちゃんと出来ないことが苦痛になり、シャツナイフとフォーク掃除機掃除、洗濯、全ての事が重くのしかかってきました。354354


私の仕事も葉月が病院入院するたびに休まなければならず。。。全てがストップする状態で、何年も悪循環の毎日。



毎日、考えることは借金の事ばかり。


思いはどんどん、悪いことしか考えず、「自分の管理が悪いからこういうことになるんだ。」とか、

「私は最低の人間なんだ・・・」とか。


モラ次郎に日ごろから言われていた言葉が頭の中を駆け巡り、いつしか、自分はダメ人間だと思うようになっていたんです。



そんなある日、突然の無意識のドクロ自殺未遂をおこし、太陽に助けられました。泣き3


助けてくれたときに私がドンッ暴れたらしく、押さえつけるために両肩脱臼(笑)。あせる



「どんだけ、強くおさえるんじゃぁっ~!パンチ!と後で怒っちゃいましたけど・・・。(^▽^;)



その肩の痛みとともに、私の欝はしばらく続き、肩の痛みが治っていくのと同時に欝も軽くなっていきました。



このとき、私が狂ったとき、モラ次郎は帰宅していたにもかかわらず、怒鳴り散らす私と太陽の声を聞いているはずなのに自分の部屋から出てこなかったようです。


「出てこなかったようです」って可笑しいかも知れませんが、私はその日の出来事の半分が記憶にないんですよね・・・。

(-。-;)


太陽は私を取り押さえるときに、私が持っていたナイフ包丁で腕を切ったらしく、血が流れていました。


太陽の傷を見て始めて我に返り、自分がしたらしき事に驚いたんです。ショック!



何度も何度も、太陽に謝り続け・・・。(≧≦)


謝る私を太陽は強く抱きしめてくれ、私は太陽の温もりを感じ、生まれて始めてかもしれないというぐらいうわーん号泣したのを覚えています。



気がつくと、まだ何もわからない赤ちゃん 泣き顔葉月も私にしがみ付いて泣いていました。あせる


私と、太陽と葉月と3人。


抱きしめあって、大声で泣いた夜でした。ダウン



叫び私はなんて愚かな事をしたんだろう・・・無意識とはいえ、なんて、愚かな・・・。

私と太陽の傷も浅く、今では傷跡もうっすらとしているだけですが、それを見るたび、まだ心の傷が癒えていない私がいます。




その日を境に、生きていることを実感し、また、子供たちと自分のために生きよう、取り戻そう、そう思えた分岐点でした。



その日まで、毎日心が叫んでいた「死にたい」と。

「逃げたい」と。


でも、もう二度と自らの命を絶つことはしない!


もう、何があっても逃げない!



そう誓うまでには数日は要しましたが、今でも苦しい生活ながらも耐えれるのは、あの星空夜の事があったから。


頑張りすぎず、頑張っていこうと思いました。チョキ


そして、モラ次郎と決着をつけるため、準備をしようと。



その時の決着とは、二つに一つ。



「修正」「終焉」か。


どちらにしても、準備がいると決断したのです。


その準備中に今回の騒動が・・・。


まぁ、その続きは次回に。



そして今ですが、カナリの年数を鬱病で耐えてきたのだから、別に今更、心療内科に通わずともいいかな・・・とは思いましたが、ココのところ、かなりのナクストレスがかかっていて、調停でのこともそうですし、両親のことや子供達のこと、仕事のこと、借金、etc.考えることもたくさんで・・・。


これからも、もっと頑張るため、葉月の保健婦さんと福祉の方の奨めで心療内科へ通院することになりました。



PTSDも抱えているので、セロトニンが足りないとの事、それまでに掛かり付けの病院からもらっていたおくすりデパスではなく、ルボックスというお薬を飲み始めることになりました。


でも、あまり、合ってないのか・・・飲んだら起き上がれません。。。。(´;ω;`)ウッ…



欝で悩んでる人は一杯いるはずです、頑張りすぎず、一緒に治して生きましょうね!


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「嘘をつく人つかぬ人、未来は知れる正直魂」

読んだらおしてくださいねぇ^¥^


続きは次回。

んじゃ、またぁ。