今日は父を連れて、県立病院にチャックと一緒に行った。
小学校の先生には、電話で、
「お祖父ちゃんの調子が良くないので、あの子を傍にいさせてやりたいので、
学校を休ませて頂きたいです・・・。」と、素直に話した。
う、嘘は言ってないぞ。先生は、快く承諾して下さった。
チャックは病院内で、重い車椅子も押してくれたし、
広い病院の中も、どこへ行けばいいか調べてくれたし、
何より、心の支えになってくれた・・・。
チャックがいなかったら、私はパニックを起こしていたかもしれない。
本当に、ありがとう。(;_;)(・・・ご褒美は楽天で買わされたけど。)
タクシーの運転手さんは、「そうか、息子さん、学校を休んだのか。
うん、こういう時は、みんなで支え合わなくちゃな。」と言ってくれたよ。
今から書く内容は、観て下さっている人達の中に、
医療関係者もみえるかもしれないので、ご立腹されることがあるかもしれない。
だから先に、ご無礼を許して下さいと、謝っておきます。ごめんなさい。
そして、紫が正直に感じたことを書きます。
まず県立病院には、介護を専門にしている看護師さん、看護婦さんがいない。
(・・・のではないか?)
壁の張り紙には、「ベッドに自力で寝られない方や、オムツをしている方は、
ご家族の介助をお願いします。
(私たちは一切、お手伝い出来ません、と言いたいのだろう。)」と書いてあった。
(・・・ような気がする。記憶が曖昧で、ごめんなさい。)
ただそうは言っても、男性の看護師さんはやはり、
見るに見かねて、介助を手伝ってくれる。
でもトイレは、パパが恥ずかしがるので、
(相手がヘルパーさんではないため。)私が介助することになる。
パパはうまく排泄が出来ず、私はそのたびに腰や肩を痛め、疲労困憊する。
今朝の看護婦さんの態度。
↓ ↓ ↓
「お父さんを、ベッドに寝かせてくださいね。(娘さん、いつもやってるんでしょ?)」
「車椅子は、邪魔なところに置かないで下さいね。」
「検査着への着替え、(後は)よろしくでーす。」
私は、60キロ近くある、父の着替えも、移動も、トイレの介助も、
ゼイハァ言いながら1人でやるのだ。
男性の看護師さんに頼めば、きちんとやって下さる。
ただ基本的には、障害者の介護は家族にお願いします、というのが、
県立病院のやり方だ。
県立病院は介護病棟ではないのだから、仕方がないかもしれない。
でもこれだけ国に医療費用を納めているのだから、
ヘルパーさんを常時させるなど、やり方は無いものだろうか?
国の予算を、病理や介護に回せないのだろうか?
以前に父が心不全で緊急入院した時に、看護婦さんにこう言われた。
↓ ↓ ↓
「ここは救急病院なので、有る程度病状が良くなったら、
(介護が必要なあなたのお父さんには、)すぐに出て行って頂かなければならない。
近いこの先あなたたちご家族は、(進路を)どうするおつもりですか?」と。
父がICUからやっと出られた時に、だ。
先生や看護婦さんだって、神様じゃない。勿論、殆どがいい方だ。
ただ、病院にしか居場所のない多くの方々が、
穏やかな気持ちで人生を過ごせますようにと、私は願ってやまない。
(そして、医療費も安くなりますように。なんちゃって。これは無理か。)
医療関係者の方々、すみませんでした。紫の、正直な気持ちを書きました。
父の癌は、思ったよりも進んでいた。また、県立病院に転院しなければならない。
医療費は安くなるが、これから始まる治療を初め、いろいろと大変なんだな・・・。
思うだけで、鬱がひどくなりそうだ。薬に感謝。
まぁやるだけのことはやろう。仕方がない。開き直んべ。
父も若い頃は、繁華街でたくさんお酒も飲み、海外にも出掛け、
大好きな音楽を堪能し、囲碁も楽しみ、ゴルフや麻雀、友達とも遊んで、
母を泣かせたりすることもあった。
もう十分、やりたいことはやっただろう。
私も脳内外科の予約してきたー。(_´Д`)危険分子を持っているからね。
一年に一度は、脳内を診てもらうことにした。
暗い話ばかりでスンマソン・・・。(x_x;)
だから、夢を見たいのよね。こことは違う世界の夢を。
待ってて、スーパードルフィー!(・・・何だか買う気になっている・・・。)
紫の実