特別な色と四季のお稽古 発信しています! 深い悲しみ。大切な記憶として。 | 日本人の為のオーラソーマから四季咲講座へ!

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当分愛犬の介護で PCは、開かないかな~と思っていました。

 

今日 親友が荼毘にふされます。。

 

多分 こんなに悲しいことは、今後の生涯で 1つ2しかないでしょう。

 

彼女とは高校生のときからの友達でした。そうただの友達。。

ところが、短大生になったときから、深く付き合うようになりました。

 

けれど、実はその途中に「絶交」した時期が数年あります。

そのままであれば、、今、、こうして深い悲しみがなかったのかな、、

多分、 知りえなかっただろうし。

 

神様は、私たちの縁を切ることがありませんでした。

その後短大卒業旅行や、互いの結婚式、互いの出産のお祝い、

もう、数えきれないほどの日々をすごしてきました。

 

1年9か月前に、、、「私 癌になってしまった」と。。。

2人で泣いてしまいました。 けれど、医学は発達しているし、当時は

様々な彼女についての癌をしらべ、情報をラインしていました。

癌の治療をしていく中、、、本当に沢山の人が癌であり、戦っていることが

彼女の励みでした。

元気に治っていく人をみて、自分もそうありたいと思っていたと思います。

そして、私は、大丈夫、大丈夫と 声掛けしていました。

 

治療が進んで1年後くらい、、元気になったときがありました。

けれど、彼女は仕事のことが気がかりで、そちらに没頭していました。

いちばん 大好きだった仕事だったからです。

 

なので、、その後また体調を悪くしていくので、私には、、、そう一度も

会わなかったのです。

 

会えなかった、会いたくなかった、会いたいけど今の自分をみせたくなかった、、

とにかく、私に会いたいと言いながら、、、彼女は息絶えました。

 

いつも書いているように、私は 自称、、、「筆まめ」です。

彼女が入院しているときも、治療に専念しているときも、ラインは、

当然ですが、お見舞い、励まし、誕生日もありました。。。

都度、手紙を書いていたのです。病院にいるときは、ご家族が、退院すると

自分で私の手紙を読んで、お礼を言ってきました。

 

7月のはじめ、、、ラインの返信がなくなりました。弱気でいた彼女に

私は激励の手紙を書きました。 返信がないのは、、私が、、、追い詰めて

しまったかと、、、中々返信のない彼女にそのご、、ラインを贈ることが

できなくなりました。

 

ただ、もしかすると、、、「できない状態なの?」と不安がよぎり、、、

高校生のころから 共に遊んでいただいていたお姉さまに連絡をすることにしました。

 

と、、、すでに6月の入院時・・・「今日、ダメかもしれません」と言われたそうでした。

 

携帯をもって、返信もできなかったと。

 

けれど、7月の家族旅行予定があり、多分彼女は頑張ったのでしょう。

旅行中 楽しそうにしていた彼女は、帰宅するなり、、倒れるように休んでいたとのことでした。

 

高校生の時から 家族みなさんと私は、私の家庭とも仲良しでした。

 

お姉さんと連絡をとれたとき、、お姉さんが「虫のしらせなのかしら・・・」と

かなり危険な状態で入院したと電話をくださいました。

 

私しか特別な友人がいないから、、、私に連絡したかったとお姉さんは

言ってくださいました。

 

交友関係の多い彼女が 生前 私を親友だ親友だというのですが、、、

私は、実は、半信半疑だったのです。 でも私は、彼女が好きでした。

 

しかし、そうこうして元気になったとき、、私に会いにこなったじゃないか・・・

けれど、彼女がそういう子だった気がして、怒ることが出来ませんでした。

 

今、コロナで、病院の付き添いも、一人につき一人だそうで、、、

最後をみとったのは、旦那様だったそうです。

 

お姉さまは、亡くなった夜中開けて、いちばんに電話をくださいました。

葬儀は家族葬だけど、、、弘子さん会ってないのよね?あの子に。。。

 

今日、支度が出来たら来てくれない?と言われて。。。

多分、一生でこんな花束は、誰にも贈らないだろう、、、とんでも大きな

花束を抱えて、、、彼女に会ってきました。

 

けれど、、彼女の面影がなく、、会えなかった想いで、号泣したのですが、、

冷静に見つめると、、、彼女、、なの?・・・な疑問に変わっていきました。

 

その後、ご家族と 昔の話に花が咲きました。

小さかった息子さんも と~っても大きくなっていたり、、

お姉さまとは、あんなところ、こんなところ、行ったね~と。

 

彼女のお父様もお母さまも 亡くなられています。

亡くなったときも、寂しいと、私に言っていて、、、そうだね、、、と。

 

私の両親は健在ですが、いつか彼女が癒してくれる、、一緒に

泣いてくれると思っていたのですが、私の両親よりも先に旅立っていきました。

 

最後の手紙を、お姉さまに棺にいれてくださいとお願いしました。

 

そこには、、勿論、、なぜ、私に会いにこなかったんだ。。という文句、

けれど、私の人生に あなたがどれだけ彩を添えてくれたかわからないこと、

きっと、いつか、、また会おう! と。。

 

お姉さまが朝に電話を下さる もっともっと早朝に。。。。

とても激しくベランダで鳥が 鳴いているのです。 ずっとずっと泣き続けて

去っていかず、、、重たい腰をあげてベランダにいって、そっと

カーテンを開けると、、、ちょっと頭がふわふわのひよどりが

私を見つめていました。 目があったのは一瞬で。。。飛び立っていったのですが。

 

最近 鳩被害に悩んでいたマンションだったのですが。何もこなくなって

ほっとしてたところでした。

ここに何年も暮らして、、、そんな鳥がベランダで泣き続けることは、ありませんでした。

 

「変なの。。」と思いながら、早朝の愛犬の世話をしていたのですが。

少しすると、、、、嫌な予感がありました。 まさか、、、

 

お姉さんと電話したのが、土曜日で、鳥がないた朝は、月曜日でした。

そんなはずはないと、私も喘息外来だったので、病院へ。

 

待ち時間にお姉さんから、、、彼女の死を知らされました。

わき目もふらず、、、病院で号泣して、検査を遅らせ、先生に聞いてもらい

薬剤師さんに聞いてもらい、、、癒してもらってきました。

 

その夜、、お別れしてきました。

 

私も、彼女がどこかにいってしまうその瞬間立ち会うなんて

出来ないと思ったので、家族葬、で 私だけ特別に あわせていただき本当に

ご家族には感謝です。

 

私は、写真が趣味なのに、、、そう最近の親友との最近の写真がまったくありませんでした。

 

いつもランチやお茶することなど当たり前で、いちいち記念撮影なんて

しませんよね。。。けれど、それが親友ですね。。

 

大好きな人が死んでしなうなんて、思い会うことなんてないですから。

 

今は、彼女の名前を検索して、、ブログやインスタをみながら、、、

可愛くて、綺麗で、華やかな彼女の思い出をみています。

 

ありがとね、、私なんかを親友だと言ってくれて。。。

 

忘れないから、、あなたも忘れないで、私のこと。

肉体がなくても、あなたとの思い出は、一緒の宝物だからね。

 

つらい治療 頑張ったよ、本当に。 ほめてあげます!

 

痛みのない、新しい美しい世界で、、、私を待っていてね。

最後のラインは、、、

「ずっと大好きだよ、弘子」って言葉だったね、、、私も同じ

「ずっと大好きだよ、N子!」

 

ラインの大切な言葉、消されたら嫌だから、すでに写真に

保存したよ。

寂しいときは、繰り返し読むからね!

 

今は、、いっときの・・・さよならです。

 

 

 

  四季咲心理学舎