「敬語」って何?
                                                         ◇まゆつば国語教室 42
 
 
先般ある所で敬語が話題になっていて、昔作った高1向けの「敬語入門プリント」を思い出しました。
尊敬語と丁寧語の違いとか、謙譲語の働きとか、けっこうわずらわしいですよね。
──ということで、放置プレーになっていた「まゆ国」の続きとして、久しぶりにアップしてみます。
敬語の基本をB4用紙1枚につめたものなので、たぶん今さらの話ですが。
 
 
【1】尊敬語と謙譲語
 
敬語には「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」の三種類がある。この三つはどう違うのか。
口語文法では、
 
「尊敬語=動作をする人を高める」
「謙譲語=自分を低める」
「丁寧語=丁寧に言う」 =以上、定義Aとする
 
と説明されることが多い。「尊敬」「謙譲」「丁寧」という名前も、この捉え方に基づいて近代に作られたものだ。
 
しかし、もともとの働きはちょっと違ったのだ! 
古文を読む時には、定義Aの説明では理解できないことがよくある。例えば、
 
  右大臣、姫に御文たてまつりたまふ。(お手紙を差し上げなさる)
 
──という文。
「たまふ」という尊敬語はAの説明で良さそうだが、「たてまつる」という謙譲語はどうだろうか。
右大臣のセリフであれば「自分を低めている」と言えるが、これは地の文だ。
つまり作者が右大臣を低めていることになり、右大臣を高める「たまふ」と矛盾する。
右大臣は偉いのか偉くないのか? あるいは「偉いけど姫よりは偉くない」のか?
 
実は、そういう問題ではないのだ。
謙譲語とは本来、「自分を低める」ためのものではなく(だからこの名前もまずいのだが)、「動作を受ける人(動作の相手)を高めるもの」なのだ。
 
右の例文では、「手紙をやる」という動作を受ける人、つまり「姫」を高めているのが、「たてまつる」という謙譲語なのだ。
 
  たてまつる(謙譲語)…動作を受ける人=姫に、作者が敬意を表している。
  たまふ(尊敬語)………動作をする人=右大臣に、作者が敬意を表している。
 
というわけで、何の矛盾もない。姫も右大臣も、作者にとってはともに敬意を表すべき対象なのだ。
 
*近世、主語が自分や身内の時にしか謙譲語を使わなくなったので、口語ではAのような定義になった。しかし、もともとの働きは違ったということです。
 
 
【2】丁寧語
 
丁寧語については、尊敬語と何となく混同している人が世の中に多い。
 
「教授が来る予定でございます」
 
──だめですね。
「来る」という動作をする人=教授に敬意を表すには、「来る」の尊敬語が必要なのに、通常の「来る」のまま。アウト。
 
後に続く「ございます」は丁寧語であって、教授ではなく、( 話し相手 )に敬意を表しているにすぎない。
 
正しくは、「教授が( いらっしゃる )予定でございます」。
話し相手が友達なら、丁寧語を省いて、「教授が( いらっしゃる予定だ )」でいいのです。
 
A 女、その男を恋ひたまふ。  [尊敬語](女はその男をお慕いになる。)
B 女、その男を恋ひたてまつる。[謙譲語](女はその男をお慕い申し上げる。)
C 女、その男を恋ひはべり。   [丁寧語](女はその男を慕うのでございます)
 
Aは「恋ふ」という動作を( する人 )=( 女 )に対して、
Bは「恋ふ」という動作を( 受ける人 )=( その男 )に対して、
それぞれ作者が敬意を表している。
ではCは、誰に対して作者が敬意を表しているのか。
 
→「恋ふ」という動作に関わる人間ではなく、「この文を( 読む )人に対して」なのだ。
つまり、丁寧語は動作そのものとは関係なく、その文を読む人や聞く人に対して、筆者(話者)が敬意を表しているのであり、尊敬語や謙譲語とは根本的に働きが違うのだ!
 
ま、いずれにしても、尊敬語、謙譲語、丁寧語とも「誰かに敬意を表す」という点では同じであり、まとめて「敬語」と呼ばれるのはそのためなのだ。
 

【3】誰から誰に向けた敬意か。
 
敬語の基本は「誰から誰に向けた敬意か」をしっかりと認識することです。
 
◇尊敬語は( 表現者 )から( 動作をする人 )に向けた敬意。
◇謙譲語は( 表現者 )から( 動作を受ける人 )に向けた敬意。
◇丁寧語は( 表現者 )から( 読む人、聞く人 )に向けた敬意。                             
 
表現者とは、その言葉を表現している人、つまり、
地の文では[ 筆者 ]、会話文では[ 話者 ]のこと。
 
*テストで「誰から誰への敬意か」と尋ねられたら、「表現者から聞く人へ」などと答えるのではなく、「作者からかぐや姫へ」「翁から帝へ」などと具体的に答えること。
 
*謙譲語で「動作を受ける人」というのは、「~を、~に、~へ、~から、~のために」などなど、「主語以外の対象」を幅広く指すので注意!
 
 憶良らは今はまからむ(あなたの邸宅から退出します)
 内裏へ参りて(内裏に参上して。内裏に対する敬意)
  かばんをお持ちします(あなたのために)
 
*古文では主語(~が)や動作の相手(~に)がよく省略される。敬語をカギにして話をつかもう。
例えば、「天皇の子である光源氏」と「身分の低い姫」のやりとりの描写で、主語や目的語が全然なくても、
「~と思ふ」なら主語は姫、「~とおぼす」(お思いになる=尊敬語)なら主語は光源氏なのだ。
また、
「恨みて」なら相手は姫、「恨み聞こえて」(恨み申し上げて=謙譲語)なら相手は光源氏である、と見当がつくという具合です。
 
 
【4】補助動詞
 
敬語では「補助動詞」が大事な役割をしている。「補助動詞」というのは、動詞が本来の意味を失って、助動詞みたいに意味を添える働きをしている時の、そういう用法の呼び方です。品詞は?と聞かれたら、あくまで動詞です。
 
 ほうびをたまふ。(本動詞。「与える」という本来の意味を持っている。もちろん尊敬語)
 泣きたまふ。(補助動詞。本来の意味はなく、「泣く」という動詞に尊敬の意を添えているだけ)
 
まず、頻出の補助動詞を覚えよう。
[尊敬] ◇~給(たま)ふ
[謙譲] ◇~奉(たてまつ)る  ◇~聞(き)こゆ  ◇~参(まゐ)る  ◇~申す  
[丁寧] ◇~侍(はべ)り  ◇~候(さうら・さぶら)ふ
 
 
【5】訳しかた
 
「食べる」を「召し上がる=尊敬語」「いただく=謙譲語」と言うように、決まった口語敬語がある場合はそれを使うのがよい。ない場合は次のパターンを覚えておくと便利。
 
[尊敬語] お~になる。 ~なさる。 ~ていらっしゃる。
[謙譲語] ~申し上げる。 お~する。 ~してさしあげる。 ~させていただく。
[丁寧語] ~です。 ~ます。 ~ございます。
 
*現代では謙譲語があまり使われなくなったので、口語訳がちょっと不自然だけど仕方がない(笑)