影武者 | 鏡の向こうは夢の中

影武者

 人は私のことを超人という。私はシングルマザーで二人の子の子育てをしている。パートだが仕事もし、その一方でさまざまな役に就いているからだ。

 正直、本当の私にそんな能力はない。だがある日、ある人物(とだけ言っておこう)から小瓶を一つ渡され、私に助けが要るときに使うようにと言われたのだ。

 その朝、私は疲れていた。ゆっくり休みたかった。しかし、子どもたちの食事の準備もし、その他の家事もしなければならない。

 私は瓶の中から、小さなキャンディを取り出した。小さい頃見ていたアニメ「ふしぎなメルモ」のキャンディみたいだなと思った。
 そして、一粒食べてみた。

 私は大きなあくびをし、ベッドに戻った。

 しばらくしてようやく疲れが取れた頃、私は目覚めた。私がしようと思っていた朝食の準備も終わり、片付けもできていた。それどころか、洗濯も仕上がっていた。この間からやろうやろうと思ってそのままになっていたリビングの隅の古新聞はきれいに整理され、収集日を待つばかり。最近散らかしっぱなしになっていたリビングも片付いていた・・。もちろん子どもはとっくに出かけていた。
 ふと人影が玄関から外に出た。なんだか見覚えのあるような気がした。母?そんなはずはない、数年前に亡くなっているのだから・・。でも、最近の物騒な世の中でも全く警戒心を感じなかった。次の瞬間私は、一人で納得していた。

  あれは、私だ。

 数日後、PTAの役員依頼の電話がかかってきた。私は迷わず引き受けた。子どもが学校で世話になってる以上、当然のことだとは思いつつ、今まで気持ちに余裕がなく、とても引き受ける気にならなかったのだ。
 だが、今なら・・。
 私は小瓶の中のキャンディを見つめた。

 その調子で私は、次々にいろんなことを引き受けていった。

 送り迎えができないからとの理由であきらめさせていた、子どもの部活、習い事もできうる限り希望をかなえてやることにした。しかも、必ずといってついてまわる「親の世話役」も引き受けることができた。私はパソコンが出来、データ入力や文書作りに重宝がられた。

 仕事のための勉強もやっと本腰を入れてできるようになった。これまで、ただなあなあでやっていた仕事を根本から見直し、自分自身の中で小さな改革をやってのけていった。目立たないことと思いきや、それはすべて人の目に留まっていた。
 
 どうしても携わりたかったNPO活動にも積極的に参加ができるようになった。頼まれたHPは完成し、反響は日本中に広がった。事業の依頼が全国から来るようになり、これまで行けなかった場所にも積極的に行けるようになっていた。

 そのうちに同窓会の幹事まで頼まれることになった。ただでさえ忙しいこの年代、引き受け手に困っていたらしかった。

 少なくとも私はあのキャンデイを11回は口にした。そのたびごとに、いろいろな役回りが就いて回るようになった。だから、たぶん今、私の影武者は11人はいる・・と思う。
 ただ、不思議なことに、そのときは「やってくれている」気持ちでも、しばらくすると「自分でちゃんとやった」と言う気持ちになっている。そしてそのときの記憶が自分の中に蓄積されていた。
 ご飯やお風呂もどこかでちゃんと食べたり入ったりしていたら、もうお腹は満たされ、心も満たされていた。
 子どもたちと過ごした時間も、ちゃんと思い出として共有しているし、子どもたちのために心をこめて作った食事も、ちゃんと記憶にある。エピソードまできちんと話せる。

 どういうわけだか、だれにも、私に影武者がいることを悟られなかった。
 決して私と影武者が同時に現れることはなかったのだ。
 子どもたちすら、ここに超人的な母がいるとしか思っていなかった。
 面白いことに、記憶をすべてつなぎ合わせると一人の人物の行動としてぎりぎりのところでつながるのかもしれなかった・・。

 私には本当に影武者がいるのだろうか・・・?
 しかし、今私は子どもに本を読んで聞かせてやっているはずなのだ。

 じゃあ、今ここでブログを書いている私はだれ?