出窓 | 鏡の向こうは夢の中

出窓

   登 場 人 物



 田島 加奈子(29)

 田島 太一郎(65)加奈子の亡夫の父

 田島 紀 子(59)太一郎の妻

 田島 里 香(30)加奈子の亡夫の妹

 原田 恵 理(33)



○田島家・6畳和室



   壁際に祭壇。

   田島浩一郎(34)の遺影が飾られ、横に骨箱が置かれている。

   前で手を合わせる田島太一郎(65)、

   横で田島春菜(1)をあやす田島紀子(59)。

   傍らに田島加奈子(29)が黙って座っている。

   太一郎が向き直る。



太一郎「今度のことでは、加奈子さんに苦労をかけた」



   少しうつむいて聞いている加奈子。



太一郎「それで、今後のことだが、うち に帰ってきなさい」



   驚き、顔を上げる加奈子。



太一郎「ここは社宅だから、そう長いこと居るわけにもいかんだろう」



紀子「そうよ、あなたの家は田島のうちなんだから」



加奈子「でも、家には里香さんもいらっしゃるし・・・今後のことは」



紀子「何言うの。私はあなたを嫁にもらったときから、あなたのことは娘だと思ってきたのよ。だから里香はあなたの妹。あなたもこれからは長女としてしっかりしてもらわないとね。第一、里香はこれから嫁に行く身」



○同家・玄関



   太一郎と紀子が靴をはいている。

   傍らに小ぶりの旅行かばん。

   加奈子、春菜を抱いて立っている。



太一郎「それじゃ、私たちは仕事があるからこれで帰るが、また連絡しなさい」



紀子「(春菜に)じゃあね、はるちゃん、早く帰ってらっしゃいね!」



   かばんを手に、玄関を出る太一郎と紀子。



○同家・DK



   ベランダのガラス越しに、社宅の門を出て行く太一郎と紀子を見送る

   加奈子と春菜。



   道むこうにアパートがある。

   道路に面した窓は出窓になっており、四戸それぞれ置物など飾られている。

   部屋との仕切りにはレースのカーテン。

   その一つの出窓によじ登ろうとする2、3歳の男の子が見える。

   置物に触ろうとするので、母親が抱きかかえ下ろそうとするが、抵抗する。

   父親が現れ、男の子の体を抱き、カーテンのむこうへ。

   やがて玄関から出てきて、遊んでいる父子。



   その姿が、浩一郎と春菜のイメージに変わる。



   ガラス戸に背を向けて、ぎゅっと春菜をだきしめる加奈子。



○市営住宅前の道



   2階建ての真新しいアパートが何等か並んでいる。

   数戸にはすでに入居者がいる様子。



   バギーを押してさしかかる加奈子。



   立看板には

   「入居者募集中、第1期×月×日、第2期×月×日、第3期×月×日」

   とかかれており、第1期のところが太線で消されている。



   見ている加奈子。



女性の声「可愛いでしゅねー、お名前は?」



   振り向く加奈子。



   原田恵理(33)が春菜をあやしている。



加奈子「春菜です」



恵理「はるちゃんですかー」



   恵理を気にしつつも、看板を見ている加奈子。



加奈子「ここ、倍率高いんですよね」



恵理「(春菜をあやしながら)高いわよー、家賃安いからねー。あたしんとこはついてたけど。母子家庭枠ってのがあるのね、ここ。母子寮建てる代わりらしくてさー。それが、第1期は意外に少なくってさー」



   恵理の顔を見る加奈子。



○市営住宅・恵理の部屋・LDK



   余計なもののない、さっぱりとした部屋。

   春菜を抱っこしたまま食卓の椅子に腰掛ける加奈子。

   二人の前にジュースとお茶を出す恵理。

   自分も湯飲みを手に、加奈子の向かいに座る恵理。



恵理「ごめんね、何もなくて。・・あ、ちょっと待ってて、昨日ポテチ買ってたんだ」



   立って流しの下を探す恵理。



加奈子「どうぞお構いなく。ここのお話うかがうだけのつもりで来たんですから」



   恵理、見つけ出したポテトチップスを皿に盛り、食卓に置くついでに一つつまむ。食べながら座る恵理。



恵理「あ、はるちゃんには早かったっけ?」



加奈子「いやそんなこと・・・、主人が好きだったので、この子もよく・・・」



   安心したように微笑む恵理。つられて微笑み返す加奈子、少し打ち解ける。



加奈子「あの、お部屋の中、見せてもらってもいいですか?」



恵理「いいわよ」



   南側のリビングまで足を進める加奈子。

   東側の壁際に子どもの描いた絵。

   その横に、三角につきでたような小ぶりの出窓がある。



加奈子「出窓・・・・」



恵理「ああ、ここみたいな、角部屋にはついてるのよ」



   何かを決心したような加奈子。





○田島太一郎宅・茶の間(夜)



   テレビを見ている太一郎と田島里香(30)。

   部屋の隅の電話が鳴る。

   コードレスの受話器をとる里香。



里香「もしもし、あら加奈子さん」



   暖簾をくぐり、台所から手を拭き拭き入ってくる紀子。



   里香は口パクで「かなこさん」と示し、受話器を差し出す。



紀子「ずいぶん、連絡くれなかったじゃないの。まあ忙しいのは分かってますけどね。で、引越しは決まったの?(やや間)ちょっと待って、今お父さんに代わるから」



   テレビに夢中の太一郎。



   それを諌めるようにスイッチを切り、受話器を差し出す紀子。



太一郎「ああ、わたしだ。・・・そうか、・・・ああわかった。それじゃ、頑張んなさい」



    電話を切る太一郎。



紀子「お父さん、物分りのいいことばかり言って」



太一郎「しかし、もう引越しも済ませたと言うんだから」



紀子「何ですって?」



   気まずく黙り込む三人。



里香「(ぼそっと)あたし、ずっとここに住んじゃおうかなあー」



紀子「何言うの。この家は春菜が継ぐんだから。あんたはさっさと嫁に行くの!」



里香「相手はー?」



   返事をしない紀子と太一郎。



   退散とばかりに、部屋を出て行く里香。



○市営住宅・加奈子の新居・LDK(夜)



   恵理の部屋と同じ間取り。



   まだダンボールが積まれている。



   受話器を置く加奈子、緊張の表情がみるみる緩む。



加奈子「さあ春ちゃん、早く寝ましょうね」



   ふざけあいながら出て行く加奈子と春菜。



   出窓に飾られたはがき大の写真立には浩一郎の笑顔。  <終>