「おとうさん」を想う | CAFE' 徒然

「おとうさん」を想う

二人の男がおりました。
どちらの男にも妻があり、二人の息子がおりました。
大人の事情で離婚をし、どちらの男も子供と離ればなれになりました。

若い方の男は、お金で新しい人生を買えると思った。
今まで自分の思い通りにならない事なんてなかったから。
高額な報酬を支払って著名な弁護士を雇い、ぬかりなく手続きを終わらせ、新しい女と新しい人生を始めた。
以降、子供達と会うことはなかった。
新しい生活は快適、高給取りの共稼ぎ、すてきなマンションを買って、毎年海外へ遊びに行った。
楽しくて、忙しくて、時々別れた子供の養育費の振り込みを忘れた。

彼がオーストラリアでコアラと戯れている頃、彼の息子達は「本当」に自分たちが父親に捨てられたと思った。
そう思う事が何度もあった。
やりきれない感情だけが残り、子供達は父親の顔を忘れた。


年取った方の男は給料日ごと、自分で金を子供に届けた。
子供達はとまどい、疎んじる事もあった。
それでも毎月やめなかった。
父親でないとできない事がたくさんあると思った。
男の子が母親に言えない事もあるだろうと思った。
二人の息子を進学させるため、男は馬車馬になった。
仕事が順調でない時もあったが、上の息子が就職するまでそれは続いた。
上の息子は言った。
「父さん、あとは弟の成人式のスーツだけ買ってやってくれ。」
大きな領収書をくれた。
「あとは、大丈夫だから。」と。
いつの間にか息子は、ちゃんと「男」に育っていた。

時々顔を出してはガソリン代をおねだりしていた弟も、手に職をつけて独立した。

髪の毛は薄く、白くなってしまっていた。


数年後---------



若い方の男は人生最大の挫折を味わう。
自分のミスで損害を生じさせ、会社をつぶした。
すったもんだの中で、やっぱり養育費の事も、自分に息子がいた事も忘れてしまっていた。
沢山の人間に責められる日々、夫婦で支払う筈だったマンションの住宅ローンはすべて妻の肩にのしかかる。
生活費が突然半分になったりすると、大抵の女は笑う事もできなくなる。
会社をつぶした男には、次の仕事を見つけるあてもなく、気力も失せた。
誰もが自分を攻撃してくるように見えた。
部屋から出る事ができない、起きあがる事もできない。

心が重症のインフルエンザにかかってしまった。
大量の薬がないと不安に押しつぶされてしまいそうになる。

程なく、養育費を支払えという裁判所からのお手紙、調停への招待状が彼のポストに配達される。
それは書留でやってくる。
郵便配達は何度ベルを鳴らしただろうか。

今度は著名な弁護士を雇う金はない。
結局、妻が借金をして肩代わりをした。

相次ぐトラブル、男の回復はどんどん遠くなる。
息子達は「父親」がどうなっていようと感情が動く事はなかった。
なぜなら彼らの生活の中に「父親」は存在してなかったから、「養育費」の読み仮名が「おとうさん」であったから。
「父親」が壊れるという事は、養育費が入らなくなって、母親の負担が増えるという事だけ。

男は今も部屋から出てくることができない。



年取った男は、一人になってしまった。
働く張り合いがなくなって、孤独を感じた。
周りの知人には孫ができたりして、忙しそうだ。
たまに訪ねてくる息子達も、力の入らない様子の父親を心配した。

気がつけば、今までは三度の食事は外食や、できあいのものだった。
自分の家で誰かと食事がしたかった。

男にとって、離婚は痛い経験だった。
何年も一人で戦い、生活の全てを一人で負った。
同じ失敗を繰り返さない自信がついた頃、子供を抱えた女と再婚をした。
激しい恋愛感情などではなかったが、お互いの痛い所も分かり合えそうだったから。

多少、継子との葛藤があっても、一人で子供を養ってきた女が生意気であっても、
給料日前には冷えたビールがなかったりしても、家にいたかった。
口の回らぬ継子が「おとうちゃん」と呼んだ時から、男は再び年取った馬車馬になろうと思った。

息子達は最初のうちは突然できた20歳も歳の違う弟にとまどったが、すぐに慣れた。
人なつこい継子は、初対面の日から「にいちゃん」と呼んだ。
ひな鳥が最初に見た物を親と思いこむように、継子は突然現われた人間達を、すぐに自分の家族だと思ったようだ。

男は今朝も、継子の「とうちゃん、起きろ」の声で目覚め、出勤間際に「晩飯にはサンマが食いたい」などと、
ありきたりの事を言ったりする。
帰ってくる頃には、継子が小さい手で大根を摺っていたりする。




これは私のごく身近な二人の人物に起こった事です。
神様も良い仕事するじゃねえか、と感じた数少ないケースです。
いつもいつも仕事きっちりしてほしいもんです。


私自身、育ててくれた父親に最高に愛された記憶が

まっすぐ立っている力をくれると思っています。