ネット上で嵐の活動休止会見の全文を見ることができます。

 

全文を読んで、改めて見えてきたことがいくつもありました。

 

まず、メンバーごとに、ポイントだと感じた発言を抜粋します。

 

その中でも特に重要と思ったところを太字にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大野智

 

2017年6月中旬ごろ、メンバー4人に集まってもらって自分の思いや気持ちを話させていただきました。自分の嵐としての活動をいったん終えたい。自分の思いとしては、自由に生活をしてみたいとメンバー4人に伝えて、その後、何度も何度も話し合いを重ね、期限を設けて、2020年をもって、嵐を休止するという形になりました。2018年2月に事務所の方に報告させていただき、それから話し合いを重ねて、6月に決断いたしました。

 

この世界を一度離れてみて、今まで見たことのない景色だったりを見てみたいなと。普通の生活っていうのは、今までこの世界に入って経験していないなっていう思いもあり。そういうことにも興味があり。そういうことであるんですけど。具体的なことは、何かやりたいっていうことはないんですけど

 

最初、「活動を終えたい」とメンバー含め報告したときには、自分の中で「この事務所を辞めなくてはけじめがつかない」と思っていましたが、メンバーや事務所の方々と話す中で、お休みということでいいのではないかと、話し合いのもとそういう形になりました。

 

きっかけというのは、正直ないというか。いついつ思ったというより、だいたい3年くらい前からこういう思いが芽生えてどんどん強くなっていったというのが現状というか。15周年が終わってから、自分の中で仕事をして、個人仕事をやらせてもらうなかで、徐々にその気持が芽生えてきました。

 

変に揉めることもなくぶつかることもなく、僕の思いも含め、一番落ち着くところにもっていく、4人の思いが響きました。5人で嵐なんだなとすごく感じました。僕は言葉にはできませんでしたね。なんていうのかな、ボロボロになっちゃいそうで。涙とともに。

 

ジャニーさんは「僕が決められることでもないと思うし、みんなで決めていくものだと思う。その中で20年という年月よく頑張った、よく頑張ってくれた。ありがとう」という言葉をいただきました。

 

ちょうど5人でなかなか集まれる機会がない中で、大阪で5人で仕事があったとき、その前の日だったかな、僕が「仕事終わったあと僕の部屋に集まって話したいことがある」ということをみんなに伝えて、仕事が終わってみんなが僕の部屋に来てもらった。そのときはいつもの僕らの会話をしながら、正直なかなか切り出せなかったです。やっぱりいつもの空気が自然と起こるもので。もちろん4人も「何話してくるのか」という空気もありつつ、僕も「いつだろう」と。で、自分のタイミングで話させてもらいました。「ちょっと聞いてもらいたいことがある」と。

 

僕がお休みさせていただいて、また5人で何かをやるという具体的なことは正直決まっていませんが、お休みする中で僕自身も一応所属という形なので、個人的に勝手に思っているというか、やっぱりビジュアルだったり体型だったりはキープしていこうと思っています。テレビに出なくなるっていきなり老け込んだりするじゃないですか。それは正直怖いので、4人以上に気をつけてお休みしようと。5人で再開したときに一人だけ「なんだあいつ」となるのは避けたい。だから気をつけたいです。

 

常に何かを、すごく責任とともに、釣りをしていても明日の仕事やいろんなことが入ってくる自分がいて。それを一回自由になるために、なくすじゃないけど、お休みをするという思いもあり。そういう自分にも一度なってみたいなと。

 

この決断って自分の中ですごいことだと思ったので、活動を終わらせたいという思いとともに、やっぱり例えば、自分の中でですけど、「3年くらいやめたいな」という都合のいい話はないと思っていた。なので、けじめとしてジャニーズ事務所を辞めることだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

櫻井翔

 

解散ではないです。

 

誰か一人の思いで嵐の将来を決めるのは難しいと思うと同時に、他の何人かの思いで誰か一人の人生を縛ることもできないと。どれだけ時間をかけても全員が納得する形の着地点を探していかなきゃならない、それは僕の役割だろうなと。その瞬間に思いました。大野の思いと他の4人の思いをきちんと着地させなければと思っていました。

 

みんなの思いが、きちんと同じところに着地することです。我々が五角形だとすれば、その真ん中をどこに落とし込むかという話をしました。20年以上一緒にいるので、互いが互いを尊重し、「そんな馬鹿な話はあり得ない」とひっくり返す人はいませんでした。

 

グループ活動をやっているので当然、選択肢としては1人休んでも2人休んでも嵐です、という選択肢もあったと思う。でも、我々は5人でないと続けないという選択肢をとった。それが2020年12月31日までという期限を発表した。

 

時間をかけてたくさんの方に感謝の気持ちを伝えたい。先ほどもありましたが、テレビ局やスポンサーさん、お世話になっている数え切れない数の方にご説明して納得いただくために行動したいという。

 

無責任かというご指摘に関しましては、我々からの誠意は2年近くかけて感謝の思いを伝えていく期間を設定した。これは我々の誠意です。それが届くように、これからもたくさんの言葉をお伝えし、たくさんのパフォーマンスを見てもらい、それをもって判断をしていただくことかと。

 

嵐はこの5人でなければ嵐ではないという強い思いがあると同時に、5人だけでは嵐を作れないという思いもあります。信じられないほどの数のファンの方、関係者の方、スタッフ、そんな皆様に支えられてきました。これから2年、嵐は駆け抜けていきますので、どうか同じ景色を見て、一緒に走っていけたらなと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二宮和也

 

嵐という世界の中での価値の基準では、「5人でなければ嵐ではない、100%のパフォーマンスはできない」という中で、リーダーの思いを尊重する形で結論に至った。

 

リーダーとご飯食べに行ったときに、なにかできる方法はないのかということは言いましたし、リーダーもギリギリまで考えてくれた印象でした。

 

もしリーダーが悪者に見えるのであれば、それは我々の力不足です。

 

この時期の発表になったのは僕らというよりも、応援してくださった方たちの心の整理や準備に必要な期間だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松本潤

 

大変だと思うことも正直ありました。そんな中で自分たちがいい形の状態でグループを閉めるということを実際考えたこともあったし、その話をメンバーにしたこともありました。具体的な時期を提示したりはなかったですけど。なので、一番最初にリーダーに呼ばれて話を聞いたとき、僕は驚きはしませんでした。

 

仮に4人が「気持ちを固めて(嵐を)やろう」という風になったとしても、そこでリーダーが「今じゃないと思うんだ」と言うなら、やってきたことやその時やっていることの成果でもあるのかなと。どうなるかわからないです。見えないし。だからこそ、また5人で再開できればなと思っています。先のことは明言できないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相葉雅紀

 

リーダーと2人で話す中で、どうにか嵐を続ける方法はないかと話をしました。ただ、何回も話し合いを続ける中で、ちょっとでも同じ方向を向いていないリーダーをずっと付き合わせるのは違うと思ったし、1人2人と欠けてしまったら嵐ではないと思ったので、リーダーの意見を納得して、そっちの方向で進めていこうとなりました。

 

僕はデビューのときに世界中に嵐を巻き起こしたいといって20年、まだ巻き起こせていないので、リーダーが同じ方向を向いたときには…

(大野)巻き起こしちゃいますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会見のポイントを抜き出すと、この会見の主役は、「嵐解散」を提案した大野君と、議論を「2020年休止」という着地点にまとめた櫻井君だったことが浮き彫りになると思います。

 

2017年6月16日の申し出は要約するとこうです。

①嵐を脱退し、ジャニーズ事務所を退所する

②芸能界を離れ、自由な普通の生活がしたい

 

このとき大野君は「嵐解散」にまで言及したかは明らかにされませんでしたが、他の4人は「5人でなければ嵐ではない」という認識でしたから、大野提案はイコール「嵐解散」を意味します。

 

会見の中で、その提案に事実上の反対だったとわかったのは「どうにか嵐を続ける方法はないか」と聞いたという相葉君、「なにかできる方法はないか」と言った二宮君でした。

しかし、会見全体の流れを見ると、概ね大野君以外の4人の基本的思いは、「嵐を残したい」というものだったと思われます。

 

そこで、「4人で嵐」という選択肢がない中で、大野君の希望と、嵐を続けたいというメンバーの間の折衷案を考え、妥協点を提示したのが、櫻井君だったのではないでしょうか。

会見で櫻井君は「どれだけ時間をかけても全員が納得する形の着地点を探していかなきゃならない。それは僕の役割。我々が五角形だとすれば、その真ん中をどこに落とし込むかという話をしました」と語っています。

 

櫻井君は着地点という言葉を使っていますが、5人が議論の末に一致した妥協点が、「嵐解散と大野退所の回避」=「活動休止」だったんだと思います。

活動期限が2年後に設定されたのは、第一はファンのため、そしてこれも櫻井君が言っているようにテレビ局やスポンサーに準備期間が必要であるため、もっと言えばジャニーズ事務所にポスト嵐を育成する時間的猶予を与えるためもあるかもしれません。

 

妥協という言葉は聞こえがよくないかもしれませんが、どんな社会でも、どんな人間関係でも、なにかを前に進めるためには、みんながなるべく折り合える現実的な妥協点を模索し、そこへ着地させる必要があります。

特に嵐は、250万のファンクラブ会員がいて、関係する仕事で大勢の人が働き、経済も動かすほどの国民的グループです。

大野君の気持ちを汲みながら、各方面に最大限配慮した賢明な答えを導き出した櫻井君はさすがだと思います。

もちろん事務所の関与もあったでしょうが、メンバー内に櫻井君のような霞が関の官僚ばりの調整力と危機回避能力を持つ人がいなければ、嵐が空中分解していた恐れもあった局面だったと思います。

 

会見で大野君も活動再開に言及していたし、櫻井君もZEROで「復活はあります」と明言していました。

一方で、ここまで長い時間をかけて考え抜かれた結論であれば、活動休止期間をセットで発表するということも当然、検討されたかと思います。

例えば3年間だけ嵐を休みますとか

でもそれは示されなかった。

逆に言うと、そこは調整がつかなかったということなんだと思います。

 

3年休止すれば大野君は43歳、5年休止すれば45歳、10年なら50歳です。

休止が1、2年とか短期間ではなさそうだなというのは会見を素直に聞けば誰もが感じますから、「事実上の解散」という評価もあながち間違っていないとは思います。

 

どこかの時点で「国民的アイドルグループ」という座を降りなければいけないときは来ます。

今回は、大野君の「自由な生活がしたい」という申し出が発端でしたが、大野君はそうしたグループの現状や年齢的なもの、メンバーの将来やプライべートなど様々なことも踏まえた上での提案だったのではないでしょうか。

それを受けて、5人が何度も話し合い、また5人全員が嵐と嵐ファンを愛していたからこそ、休止して嵐を残す、「嵐というレジェンドを守る」という着地点に至った。

松潤も「いい形の状態でグループを閉めるということを考えたこともあった」と語っていますが、この2年間はファンにとって掛けがえのない永遠の思い出になるはずです。

今回の判断は、ファンのために、嵐が「嵐を守った」という一言につきると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは、大野君の②の希望はどこまで担保されるのでしょうか。

「芸能界を離れ、自由な生活、普通の生活がしたい」という希望です。

大野君がこういう希望を持つことを、自分は絶対的に支持します。

わがままでも何でもありません。

むしろ、勇気ある決断だし、これまでよく頑張ったと、マスコミや一部ファンから人権侵害のような酷い仕打ちを受けても、20年にわたりアイドルとしての責任を果たしてきてくれたことに感謝すべきだと思います。

アイドルも人間、当たり前ですが、人間らしく生きる権利、基本的人権や職業選択の自由があります。

 

「他の何人かの思いで誰か一人の人生を縛ることもできない」

 

櫻井君の言う通りです。

ただ、今回の妥協案で、②の希望がかなり制約される可能性は出てきます。

もちろん、大野君は事務所を辞めたとしても、「元嵐」であり、「大野智」であることに変わりはないので、本当の意味での普通の生活はできないでしょう。

それでも、当初の案より、「嵐であり続ける」という選択をしたことで、結果的にその希望が達成されない確率は高まったと言えます。

5人が決めたことだし、大野君も納得しているようだから仕方ないのかもしれませんが、できるだけマスコミもファンも、活動休止中の大野君を放っておいてほしいと願うばかりです。

 

だから個人的には、2年後に嵐解散と大野退所でよかったのでないかとも思っていました。

 

いや、しかし、2年後が「嵐休止」でなく「嵐解散」だったとしたら、多くのファンはその現実を受け入れられず、これからの2年間を幸せな時間として共有できなかったかもしれません。

「5人が同じ方向を向いている仲の良いグループ」という物語は、嵐のコアだからです。

解散ではなく、休止でも5人の嵐は続き、復活の余地を残すということが、嵐神話を崩さないための唯一の道だった。

 

同時に、それは大野君やメンバーたちの自己犠牲の上に成立しているということを、私たちは忘れてはならないと思うんです。

誰のための妥協なのか、ということです。

 

そう考えるとき、改めて嵐のファンの皆さんは本当に幸せだなって羨ましく思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嵐が嵐であるために、この選択しかなかった。

 

そして、その神話は、全国民が注視する中で、完成されました。

芸術的な会見でした。

自分が思っていた以上に、嵐はすごいグループなのではないか、と思いました。

 

2019年1月27日は、嵐が本当の意味で「国民的アイドル」に到達した日と言えるのかもしれません。