中島裕翔初主演舞台「WILD」を、東京グローブ座で観てきました。
とても素晴らしい舞台でした。
今まで観た演劇の中でベストかもしれません。
こんなに知的でおもしろいお芝居があるんだと、感動すら覚えました。
あ、まだネタバレしませんので、安心して読んでくださいね。
Hey!Say!JUMPのファンが、恋愛劇や家族劇を期待していくと、実際に起こった事件を題材にした社会派戯曲なので、ちょっと想像と違うかもしれませんが、「現代社会とは」「真実とは」を考えさせられるすごく刺激的な体験になると思います。
あと3人の会話劇とその演技力は圧巻です。
ただ、やや難解な部分もあるので、予備知識があるとわかりやすいと思います。
裕翔くん演じる主人公アンドリューのモデルは、「スノーデン事件」のエドワード・スノーデンですが、会話以外で背景となる事件の説明はまったくありません。潔いくらいに(笑)
裕翔くんも「少しでも関連する情報を入れて観に来ていただけるとうれしい」と語っていたので、まずはこれから観る方のために・・・
WILD観劇前に知っておきたい2つの情報
をお伝えしたいと思います!
【その1 スノーデン事件とは】
2013年6月、CIA職員だった当時29歳のエドワード・スノーデンが機密情報を公開し、アメリカ政府が市民の個人情報を収集、監視していることを内部告発した事件です。
暴露された内容は、アメリカ国家安全保障局が、通信会社に数千万人分の通話記録を提出させていたことや、通信監視プログラム「プリズム」を使ってネットユーザーのあらゆる情報をGoogle、Facebook、Yahooなどの大手ネット企業から入手していたこと、各国の大使館や外国首脳の電話を盗聴していたことなどです。
告発後、スノーデンは香港でインタビューを受け、「政府がプライバシーやインターネットの自由を破壊するのを許せなかった」と語りました。
これに対し、アメリカ政府は「テロリストの脅威から国を守るためだった」と声明を発表。
スノーデンは情報漏洩罪などで指名手配され、香港から密かにモスクワに渡り、現在もロシアで亡命生活を送っています。
当時この事件は、自由と民主主義の国・アメリカの大規模な諜報活動を暴いた史上最大の内部告発として、大きなニュースになりました。
【その2 "あの人"とは】
劇中に「あの人」という言葉が何度も出てきますが、最後まで説明はありません。
アンドリューも冒頭、「あの人と連絡を取るためにここに来た」「あの人はロンドンの大使館に閉じ込められている」などと話しています。
「あの人」とは、ウィキリークスの創始者であるジュリアン・アサンジだと思われます。
ウィキリークスは、政府や企業の機密文書を公開する内部告発サイトです。
スノーデンの逃亡生活を支援したとされていますが、詳細はよくわかっていません。
アサンジは2010年、ロンドン警視庁に性犯罪の嫌疑をかけられ、省きますがいろいろあって、2012年にロンドンのエクアドル大使館に逃げ込み、以後大使館内でずっと暮らしていました。
以上の2つの情報を押さえれば、舞台がより楽しめると思います。
改めて公式HPにある物語のアウトラインも貼っておきます。
運よくチケットを入手できた方は、WILDの濃密で奥深い世界を堪能してきてください!
それでは、ここから舞台の感想を書きます。
本当にいろんな捉え方のある作品だと思うので、あくまで一つの解釈だと思ってください。
また、感想を書く上で、どうしてもネタバレを含んでしまうので、知りたくない方はこの先は読まないでくださいね。
この作品がロンドンで初めて上演されたのは2016年だそうです。
2013年のスノーデン事件からまだ3年しか経っていなかったし、ロンドンの大使館には当時もう一人の主役アサンジがかくまわれていました。
さらに、2016年はウィキリークスがアメリカ大統領候補ヒラリー・クリントンのメールを暴露するなど大騒ぎになっていた時期だから、観客はみんなこの事件を知っていただろうし、そんな中での上演は極めてセンセーショナルだったと思うんです。
しかし、現在はスノーデン事件から6年も経ち、事件は風化しています。特に日本では。
覚えてない人も多いんじゃないでしょうか。
裕翔くんが「関連する情報を入れて観に来て」と呼びかけるくらいに。
このブログで、観劇前に知っておきたい情報を延々と説明しなければいけないくらいに。
「世界を揺るがす今世紀最大の内部告発」と言われたスノーデン事件は、なぜ忘れられたのか。
結論から言えば、あの事件後も「世界は変わらなかった」からだと思います。
でもだからこそ、2019年の日本でこの舞台をやる意義があるんだと自分は思うんです。
あの事件を忘れないため、ではありません。
このホンが、そんな今だからこそ輝きを増す、普遍的な価値を持っているからです。
ロンドン公演を観たわけではないのでわかりませんが、2013年のシナリオがあまり改編されていないとすれば、マイク・バートレットという皮肉屋の劇作家は、非常に先見の明がある人だったと言わざるを得ません。
それか、小川絵理子さんの演出なのか、おそらく両方なのだと思います。
先に言っておくと、初のストレートプレイに挑戦した裕翔くんの演技は、主人公の葛藤を誠実に演じていて素晴らしかったです。
この作品に出会えたことは、必ず俳優として大きな糧になると思ったし、何より裕翔くん自身がアンドリューの人生を生きることに真摯に向き合う姿勢が伝わってきました。
膨大なセリフ量だけでなく、あの世界観とクオリティーを維持するためには、相当の努力と思索の積み重ねが必要だったと思います。
裕翔くん、お疲れ様でした。
あと裕翔担の方たちにとっては、レアな無精ひげ姿や、3幕で披露される美しい上半身、劇中の真剣な表情とカーテンコールで見せる笑顔のギャップなど、楽しめるポイントはいくつもあると思いますが、この舞台はそんなことよりも、ノンストップの会話劇で展開されるストーリーが最大の見どころなので、今回はそちらを解説していきたいと思います。
モスクワに逃亡してきたアンドリュー
「こんなことをすればどんなことが起こるかは一通り想像していた」と平静を装っています。
ところが、ホテルを訪ねてきた「あの人」の仲間だという「ミス・プリズム」と名乗る女、「ジョージ」と名乗る男、2人との会話の中で、次第に心が乱されていきます。
目に見えるものが真実とは限らない。
この2人は本当に仲間なのか?
社会は本当に進歩しているのか?
自分の告発は本当に意味があったのか?
コンフィデンスマンの世界にようこそ!みたいな展開です(笑)
1幕のミス・プリズムとの会話では、アンドリューがしたことの重大さと立場の不安定さが強調され、アサンジと思われる「あの人」のチームに協力するよう求められます。
祖国を裏切ったあなたにそれ以外の選択肢はないと。
しかし、アンドリューは「あなたたちの一員にはならない。僕は僕でいる」と要請を断ります。
暗転後の2幕で登場するジョージからは、「そんな女は知らない。自分こそあの人の仲間だ」「君は消されるかもしれない」などと脅され、アンドリューは誰のことも信じられない心理状態に追い込まれていきます。
さらに男は「君は国民を守る能力を政府から奪った。君のしたことで命を落とす人がいるかもしれない」とアンドリューが信じる正義を揺るがす一方で、「誰かを信じないと先には進めない」ともアドバイスします。
3幕では再び、ミス・プリズムが部屋にやってきます。
「君は何者なんだ?」という問いかけに、女は「自分が自分を証明なんかできない」と答えますが、アンドリューは「でも君はその体で今この部屋に立っている」「信じるための何らかの根拠がほしい」と求めます。
女は、覚悟を示すために、アイスピックか針みたいな鋭利なもので自分の手を突き刺し、血が流れるのを見たアンドリューは仲間に入ることに同意します。
このシーン、本当は今の状況から逃れるために、誰かを信じたかったんではないでしょうか。その方が楽だから。誰でもよかった、きっかけがほしかっただけなんだと思います。
最後の4幕。
翌朝、女と男がそろって部屋に現れます。
2人はアンドリューを試すためにお互い知らないふりをしていたこと、自分たちが「あの人」の仲間ではないこと、昨夜の血は偽の皮膚を使った手品だったこと、君のことは早くも過去のニュースになっていて味方は手を引いたことなどを告げます。
全てにおいてだまされていたアンドリュー
ようやく、アンドリューは気づきます。
部屋の壁を叩き、絵画を破って、ここが本当はホテルではないということにも
自分が存在する場所さえも不確かであると・・
ここからのやりとりは、台詞は正確ではありませんが、作者が最も言いたいことではないかと感じました。
女「あなたの告発で政府が国民にウソをついてることがわかった。想定外だったのは世間がそれを受け入れる準備がとっくにできてたこと。ウソに気づいていたが見て見ぬふりをして信じていた。その方が楽だから。みんなわかってた世界は傾いていると。あなたは何をした?」
アンドリュー「僕は人々に真実を伝え、それをひっくり返した」
女「違う。それを指差しただけ」
男「君も他の人間と変わらないということだ」
ここで部屋のセットが大きく斜めに傾き空間が崩れる、大掛かりな仕掛けがあります。
その後、女が部屋からこつ然と消えるギミックも。
消える前に女が言っていた戦争うんぬんの話や、「人智を超えた」という台詞の意味は、正直いまだによくわかりませんが、「その体で今この部屋に立っている」というリアルさえも実は・・・ということなのでしょうか。
部屋の仕掛けは、世界は不確かである、もしくは世界はまだ傾いている、何も変わっていない、ということを象徴的に見せる演出だと自分は解釈しました。
アンドリューはロシアのパスポート取得を勧められても、ロシアはアメリカ以上に腐っていると拒否していましたが、ついに「何者かにならなければ人間は存在できない」=「世界は何も変わっていない。傾いている」ということを悟り、ロシア側の人間になることを決断します。
そして最後、アンドリューはモスクワの雑踏という荒野へ踏み出し、舞台は幕を閉じます。
この物語は、自分の正義に従ったことで国を追われ、「何者でもない」存在となったスノーデンが、モスクワの空港に逃れてきたとき、「僕は僕だ」「誰の言いなりにもならない」とロシアにかくまわれることを良しとせず、第3国への亡命を模索したものの、結局、「何かの一員にならなければ生きられない」という現実を受け入れ、5週間も滞在した空港を出て、ロシアに亡命するまでの心の葛藤を、寓話的に描いたものだと思われます。
ところで、あのスノーデン事件から6年、現実世界は変わったでしょうか?
状況にほとんど進展はありません。
インターネット空間が政府によって監視されていることに批判はありますが、その後起きたテロ事件などを考えると、安全のためにやむを得ないと考える人は少なからずいます。自分もそう思う部分があります。
というか、多くの人がこの問題にもう無関心になっています。
トランプはむしろ監視強化に積極的だし、世界で最も諜報活動に熱心なのはKGB出身のプーチンだし、ロシア疑惑ではウィキリークスとロシア情報機関のつながりが指摘されています。
そんなロシアの庇護の下で、スノーデンが今も生活しているというのは、大いなる皮肉です。
日本版WILDの初日直前の4月11日に、ロンドンのエクアドル大使館にかくまわれていたアサンジがイギリス警察に逮捕されました。
エクアドルとロシアの関係は不明ですが、見放されたということなんでしょう。
スノーデンも、今は利用価値があると思われていても、いつアサンジと同じ運命を辿るかわかりません。
スノーデン事件から6年後の世界を見渡したとき、この舞台が投げかけた問いは、一層大きな意味を持つようになってきていると思います。
それはこの作品が、スノーデンの内部告発に至った心の葛藤ではなく、内部告発後の心の葛藤の方にスポットライトを当てているからです。
単に監視社会に警鐘を鳴らすためだけであれば、前者を選択すればいいし、彼をヒーローとして扱えばよかったはずです。
つまり、理想に燃え世界をひっくり返したと思っていたスノーデンでさえ、目に見えない巨大なものに屈し、現実を受け入れざるを得なかったいう矛盾と皮肉を描いたからこそ、スノーデンをヒーローとしてではなく、私たちと同じ弱いところもある普通の人間として描いたからこそ、「世界は変わらなかった」という未来を、この作品は予言できていると思うのです。