§地上15Mの遠距離恋愛   8 | なんてことない非日常

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§地上15Mの遠距離恋愛    8





 「っらしゃっませ~~!!!」



翌日全快していたキョーコは、元気よく声を出していた。



「おら、叫ぶな・・それとうちはラーメン屋じゃねーぞ」



「えへへ・・・黒崎シェフのリゾットのおかげです」



上機嫌のキョーコに、黒崎は照れながらもその頭を小突いた。



「わかってんなら、この数日分キリキリ働け!」



「ウィ!シェフ」



返事も行動も元気がいいキョーコに一安心した黒崎に、食器を下げてきた新開がにんまりと笑った。



「へえ~~~黒崎お手製のリゾットね~~」



「なんだよ・・」



「いいや?俺も風邪気味なんだ~」



「ネギでも鼻に突っ込んどけ」



わざとらしく甘えてくる新開に、黒崎は嫌そうな顔で切りかけていたネギをずいっと差し出した。



「ええ~!?冷た~い、キョーコちゃんだけ特別扱い~」



「うるせえ!わかったよ、賄に作ってやるっそれより、5卓にアラビアータ」



「ウィ、シェフ!モナムール~」



投げキスをよこす新開に背筋を震わせている黒崎を遠目に見つつ、キョーコはいつもの場所に戻ってきたことを実感して笑顔を作るのだった。



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「敦賀氏、なんで沈んでるんですか?」



ずらっと並んだ列のちょうど真ん中に、良いスーツが皺になるのも気にしないでしゃがみこんでいる男に奏江は怪訝な顔をした。



「いや・・話の流れ上、彼女に関係あるところにでも行くのかと思ったのに・・よりによってここに並ぶとか・・・・」



そうブツブツと言っている蓮に、奏江はさらに怪訝な顔をした。



「何言っているんですか?なんでここが全く関係ないとか言い切れるんですか?」



そう奏江に言われて、蓮はハタッと考えた。



(たしかに・・・・・でも・・・)



今度は立ち上がって腕組みをすると、うんうん呻り始めた蓮に奏江は大きくため息をついた。


「まあ・・男一人では並びにくくても、私も一緒なら入れますよね?」



「・・・・ああ・・この間の会話、聞いてたんだ・・・」



「ええ・・まあ・・それに常連だからってそんなにあの扉使うわけじゃないですよ?予約しておいて、個室で食べないと他のお客さんが変な気分になるでしょう?」



「そうだね・・」



「自分以外にお客がいない時に、倖一さんに頼んで電話してもらうことの方が多いですし」



「なるほど・・」



そんな会話をしている間に、ようやく店内に入れた。



「いらっしゃ・・あれ?奏江嬢、珍しいねランチタイムに来るなんて」



笑顔が人懐っこい青年にそう言われても、奏江は気にも留めずに空いてる席にスタスタと向かった。



「いつものでいいの?」



「ええ、お願いするわ・・こちらの分も同じで」



「了解!」



奏江の冷たい態度にもまったくひるまずお冷を出した彼はあっという間にオーダを伝えに厨房の方に消えた。



(・・・また勝手にメニューを・・)



今日も『本日のおススメ』が食べられないのかと落胆している蓮に、奏江は楽しそうな顔をした。



「もうすぐ出てきますから待っててくださいね」



悪戯っ子のような表情の奏江に、あまりいい思い出がない蓮はひきつった笑顔を返すしかできなかった。



「おーい、キョーコちゃん奏江嬢からオーダー」



「え!?光さん、モー子さん来てるの?!」



「うん、いつものやつよろしくだって~・・あ、二つね?」



「え!!?二つ!!?」



光から伝えられたオーダー内容に、キョーコだけじゃなくフライパンを煽っていた黒崎も目を丸くしていた。



「へえ・・珍しいな・・アレ頼むときはキョーコに用事ある時だけだろ?」



奏江が頼むのは『キョーコスペシャル』で、その日のキョーコが一番おいしいというメニューをワンプレーとに盛り付けるのだ。



「用事なら私の方こそ、昨日のお礼言わないといけないけど・・」



「おい、光・・奏江嬢と一緒にいるのは倖か?」



「いいえ、会社の・・同僚ですかね?男の人ですよ?」



キョーコも黒崎も、またもや奏江が無理難題を吹っかけてくるかもしれないと戦々恐々しだしたのを新開は冷静に状況を見守るためあえて何も訂正しないのであった。



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しばらくして、奏江の注文したものが運ばれてきた。

一セットは新開が持ち、もう一セットはキョーコが持ってきた。


この『キョーコスペシャル』を頼むときのルールのようなものだ。



「お、お待たせいたしました」



緊張した面持ちのキョーコに対して、奏江は上機嫌で待っていた。



(この笑顔が怖いよ~)



ワンプレートと、カップに入ったスープをテーブルに並べている間キョーコは奏江とは違う方向から強い視線を感じてそちらを見た。


奏江と来たと思われるスーツ姿の男性だった。

随分とイケメンだ。


光もこの店の客でファンクラブが出るほどのイケメンだが、それとは系統の違うタイプのイケメンだった。



(・・・・・けど・・・どこかで・・・・?)



食い入るように見つめてくる相手に、少し見覚えはあってもあまりに見られすぎると恥ずかしくなるものでキョーコは慌てて目を逸らした。



「それで・・モー子さん、何か用事だった?」



どんな無理難題を吹っかけてくるかと、内心恐れながらもフロアーにいる間は笑顔を絶やさないようにキョーコは必死に表情を保った。



「ああ・・用事があるのは敦賀氏の方で・・」



「敦賀氏?」



奏江の言葉に首を傾げたキョーコの耳に、突然ガタッと椅子の鳴る音が届いた。



「あの!はじめまして・・いや・・始めてじゃないんだけど・・じゃなくて・・・えっと・・・俺は・・いや、私は琴南さんの同僚で敦賀 蓮と言いまして・・」



緊張した様子で、席を立ち突然自己紹介をしだした蓮を見上げていたキョーコは何かが引っかかっていた。



(この角度・・見覚えが・・・・)



けれどそれ以上思い出せずに、キョーコはさらに首を傾げた。



「えっと・・マンションから見てて・・・最近いなかったから心配していたら琴南さんから病気だったって聞いて・・・」



キョーコはそう言われてハッとした。

だが、周りにいる者たちも驚いた顔になった。



(((ストーカー!!!?)))



蓮の言葉しか知らない周りは、一様にキョーコの身の危険を案じ始めたがキョーコは突然両手を伸ばし蓮の綺麗にセットされたオールバックの髪をぐちゃぐちゃにした。



「え!?わっ・・わわわ・・」



急に目の前が髪と手で塞がれたため、蓮は驚きの声を上げた。

そして周りには緊張が走った。



(キョーコちゃん!?ストーカー相手に何やって!?)



光はどうしようと周りをキョロキョロすると、新開と目があった。

すると新開は、笑顔で頷いた。


光は意を決して二人の間に割って入ろうと一歩足を踏み出した。



(キョーコちゃんを守んは俺やっ)



「お客さんっけー」



「やっぱり!マンションの方ですか!?」



「・・・・へ?」



完全に空振り状態になった光を置き去りに、キョーコは真っ赤な可愛らしい表情で蓮を見上げていた。



「はい・・・いつも、楽しい時間をありがとう」



「いえっ・・こちらこそ・・・」



「それで・・謝ろうと思っていたんだ・・土曜日、俺は休みだからって長い時間付き合わせて・・しかも風邪まで・・・」



「いえいえっ!風邪は自業自得で・・・あっ・・最上 キョー・・はうっ!?」



「え?・・・!!」



二人は店の中心で大変注目されていることにようやく気が付いた。

蓮はスゴスゴと席に座り、キョーコはそそくさとキッチンに戻った。

その場には、呆然としている光だけが立ち尽くすこととなった。




つづく