初旬に、三〇数年来の友人(年令は一回り下)が危篤状態との一報が入った。

思い出すのは、私がリハビリ病院を退院後、お母さんと一緒にお見舞いに来てくださり、ご自分が癌で手術した時のことを話してくれました。

2人で、思わぬ病になったことを話し合いました。病は違うけど、胸の中の苦しみは同じでした。家族に辛い思いをさせている事を、お互いの胸の内を話して別れました。
あれから3年が過ぎ、彼女の抗ガン剤治療の事も風の便りで耳にしました。

お互いの共通した友人から危篤の電話が入り、若い命を散らしたくないと願いました。翌日は意識を戻し、大きな目を開いて医師や母の呼び掛けに応じたと~、一安心でしたが、その後、容態の変化で、家族に見守られて旅立ちました。

子どもたちが幼い頃、我が家の階段から落ちた事、ドッグフードを食べた事など彼女の子どもたちからお聞きし、懐かしい事が走馬灯のように思い出されてきました。

お通夜には、大勢の人が集まりました。
私も車イスで参列。彼女は生前のまま美しい可愛いお顔でした。(合掌)

私の後からリハビリ病院に入院して来た人の奥さまも知人の方で、ご主人は、私に「病気の先輩!」と言って下さった方も、まもなく四十九日になり、もう一人は、私と同い年で意気投合していたご近所の方も脳梗塞で倒れました。この方も四十九日を迎えました。
だから3人の友を見送りました。

春夏秋冬あるように人にも色々な季節がやってきます。五年生になった今、少しは日常の生活、片手、片足の生活を、それなりにエンジョイの方法を知りました。
出来て当たり前だった時を経て、出来なくても出来るようにする忍耐、忍耐力の積み重ねの毎日ですが、「今、一番大きな悩みは何?」と、デイの仲間から聞かれて…
「大きな悩みは自分の身体の半分が動かない事」と、答えました。他に大きな悩みは無いのです。すると、彼女は「幸せなんだね~」と、返事がありました。

一人ひとりの悩み苦しみは違うけど、彼女も大きな悩みの渦中にあるのかなぁ?と、
感じました。