映画の中。スクリーンの前を蓮たちが歩き、決められた位置に着くと前を向いた。

今日はとうとう待ちに待った『月籠り』のが試写会である。

席には沢山の人がおり、キョーコは緊張で震えた。

先ほどからカメラで写真や映像を撮られているため、余計である。

「皆さん、こんにちは。監督を努めさせて頂きました、緒方ヒロアキです。試写会に来ていただきありがとうございます。正直言いますと長い原作を三時間以下に纏めると言うのは、とても大変でした。あれこれも入れたいのに端折るしかないと言う苦痛の選択もありましたが、何とか納得するものが出来たと思います。楽しんでご覧頂けると嬉しいです。」

落ち着いた様子で緒方が一歩前に出ると、マイクでそう語って頭を下げ、観客の拍手と同時に元の位置に戻る。

それを見かねて蓮が同じように前に出てると、黄色い声を浴びたので彼は苦笑いを浮かべて、

「橘嘉月役をやりました、敦賀蓮です。嘉月をやったのは二回目なのですが、俺自身は新鮮な気持ちでやりました。緒方監督と言ってましたが、俺自身が気に入っていたシーンが幾つかないので残念に思ってたりしてます。仕方のないことですけど…それでは“月籠り”をお楽しみください。」

彼が頭を下げると猛烈な拍手がしたので、蓮は余計に苦笑いを浮かべて元の位置に戻り、とうとうキョーコの番だった。

緊張しながら彼女は前に出て、

「本郷美月役をやりました、京子です。今回は試写会に来て頂き、ありがとうございます。知っている方もいらっしゃるかもしれませんが、以前は未緒をやらせて頂きましたが、今回になって美月役を頂きました。光栄に思います。何分、初めての主役なので、もしかしたらお見苦しいところもあるかもしれませんが…心を広くして流してくださると嬉しいです。それでは“月籠り”をよろしくお願いします。」

ぺこりと綺麗なお辞儀をすると拍手をされたので、キョーコはホッとしながら、頭を上げて元の位置に戻る。

その後は未緒をやった千織が挨拶し、他の共演者の挨拶が終わると観客をバックに記念撮影をして、退場した。

とは言っても、蓮たちも特別席で完成した映画をみることになっている。

決められた椅子に座り、キョーコはスクリーンに目を向け、右側に蓮が座ると左側に千織が座った。

映画の内容はドラマの内容を上手すぎるくらいに凝縮したもので、緒方の熱意が感じられる。

キョーコは不思議な気持ちで美月をやっている自分を見つめた。自分であって、自分ではない自分がそこにいる。この感覚には未だに慣れない。同時に心が満たされる。気づけば、それが己だとは忘れて映画に没頭して涙を流していた。

「…!」

すると右手が握られた為、そちらに目線を移せば、真剣な眼差しで映画を見ている蓮の横顔。

今度は映画じゃなくて、蓮に見惚れてしまった。

辺りが明るくなって、キョーコはハッと我に返り、スクリーンに目線を戻せば、映像はもう映ってなく真っ白な壁。

やってしまったとキョーコは思った。半分くらい蓮に見惚れていた気がする。

しかも、まだ手を握られているので、

「あ、あの…つ、敦賀さん…。」

頬が熱いのを感じながら、話しかけると、

「ああ…ごめん。」

あっさりと手を離されてキョーコは寂しさを感じたが、頭をブンブン振って、

(こ、ここは人前!人前なのよ、キョーコっ。)

その寂しさを打ち消す。幸い、真っ暗の中、手を握られ、せのまま椅子の影に隠したため、誰にも見られてない筈だ。

見られていても後ろに座っていた緒方と左側に座っていた千織だけだろう。

(ど、どうしよう…敦賀くん達に気を捕らわれて、半分くらい覚えてない…っ。)

案の定、緒方は見てたようで、映画の内容より目の前に恋愛模様にドキドキして、内容をさっぱり覚えてなかったのだった…。