キョーコは自分の家であるマンションの入り口前に立っていた。

〈こんな夜遅くに女の子を歩かせるわけには行かないから、迎えにいくよ。〉

待ち合わせはどこでするかと蓮と電話で話したら、そう言われて説得された為、キョーコはマンションの住所を教えたのだ。

「…本当にどうして、ここまでしてくれるんだろう…。」

何故、本当にここまで気遣ってくれるのか分からない。

(でも、これで完璧に、あの人が優しい人だって気づいちゃった…本当にもう嫌いになれないや…どうしよう…ショウちゃんは大嫌いなのに…。)

キョーコは気づいていない。好きな人が彼を嫌いとはいえ、自分まで嫌いでいる必要ないと言うことに…。

故に彼女の思考はずれている。と言うよりは、恋に一途すぎて、何もかも相手に合わせようとしているからずれていると言うのが本来は正しい。

それも仕方のないことかもしれないが…。

彼女の人生で自分の意思で何かを決めると言うことなど一度もなかった。

いつも相手も合わせて、相手が願う通りに動く。相手に嫌われたくないから…そのためなら、自分の意思を押し殺すことなどキョーコにとって当たり前になってしまったのである。

「…!」

黒い高級車が、マンションの駐車場に入ってくるのが見えて、キョーコはそちらに向かう。

「…こんばんは。」

車の中を恐る恐る覗くとやはり蓮で、彼はキョーコに気づくと窓をあけて微笑む。

「こ、こんばんは…。」

ぺこりとキョーコはお辞儀して挨拶した。

すると蓮は車を降りて、こちら側に来たため、キョーコは戸惑ったが、

「乗って。」

助手席のドアを開けて、乗るように言われたため、

「は、はい。」

素直に頷いたキョーコだが、まだ戸惑っているのか、戸惑いがちに座って、蓮は彼女が座ったのを確認するとドアをしめ、運転席に戻った。

「あ…えっと…そう言えば、お互いにまだ名乗ってなかったね?俺は…。」
「敦賀さん、ですよね?俳優さんの。知らない人はいないと思いますよ?」

なんと言っても、日本一抱かれたい男だ。日本で知らない人はいないだろう。

「…じゃあ、君の名前は?」
「あ…す、すみませんっ。私から名乗るべきなのにっ。え、えっと、最上キョーコです!先日はご迷惑をおかけして…!」
「はい、ストップ。」

このままでは、キョーコの謝罪コーナーが始まってしまうため、その前に蓮は止める。

「責任感が強いことは良いことだけど、そんなに自分を責め立てる必要はないよ?相手はもう許してるのに、何時までも謝れるのは不快だと思うし。」
「…!」
「挙げ句の果てには、相手に怒鳴りつけられるから止めたほうがいいよ?」
「う…!」

実は蓮が言うようなことが一度あった。だるまやでミスをして皿を割ってしまったときに、何時までも謝っていたら、だるまやの大将に怒られたのだ。

「…その反応は図星か…そういうことだから、もう謝らなくていいよ?どうせなら、ありがとうって言われたほうが俺は嬉しい。だから、もう謝らないでほしいな。」

蓮はそう言って優しく微笑みかけ、彼女の頭に手を置く。

「敦賀さん…はい、ありがとうございます。」

何だか分からないがキョーコは涙が出そうになる。頭にある手がとても温かい。

「…どうかした?」
「いえ、何でもないんです。ただ…。」
「ただ…?」
「すごく嬉しいんです…よくわからないんですけど…意味分からないですよね?」

出そうになった涙をキョーコは指で拭って、苦笑いを浮かべるが、

「そんなことないよ。その感覚は大切にしたほうがいい。とても大切な感情だから。」

蓮は首を振り、彼女の頭を撫でる。その温もりにキョーコは何だか温かい気持ちになった。

この温かい気持ちを昔、キョーコは感じた気がしたが、思い出せない。

今は思い出さなくてもいいような気がしたのだった…。