「…理由はあるよ。最初に言ったよね?君がほっとけないからだよ。」
蓮にそう言われて、キョーコはある疑問が頭に浮かぶ。ほっとけないと言うのなら、何故ほっとけないのかと。
「ど、どうして、ほっとけないんですか?」
当然、彼女はその疑問を聞くが、
「…そんなの分からないよ。」
「へ…?」
「でも、ほっとけないんだ。それでいいんじゃないかな?」
「い、いやいや、よくないですよ!!」
「どうして?」
「ど、どうしてって…。」
「理由が分からないんだ。しょうがないだろ?ところで君はごはんは食べた?」
急に彼が話を切り替える。
「い、いえ、まだですけど…。」
「頼まないの?」
「い、いいんです。あんまりお腹すいてな…。」
本当は腹ペコなのに、空いてないと答えようとすれば、身体は何とも素直で彼女のお腹が鳴った。
「…頼んだらどうかな?」
問答無用で蓮はメニューを広げて彼女に見せ、
「頼むまで、俺も頼まないから。」
キョーコが頼まないといけない状況を作った。
「じゃ…じゃあ、これを…。」
彼女が選んだのは、最初に目に入ったハンバーグ。
「わかった。」
彼は頷いて優しく微笑み、ベルのボタンを押した。
「…それで、どうして、熱があったのに外を出歩いてたの?。」
注文し、店員が去った後、蓮は彼女に聞く。
「それは…。」
「やっぱりお金に困ってるの?身体を休められないくらい…。」
キョーコは黙り込んだ。何だか蓮には全て見抜かれているような気がする。
「ど、どうして、私がお金に困ってるって思ったんですか…?もしかしたら、病院とかの帰りかもしれないのに…。」
「それは…病院の帰りにしては、熱が高すぎたから…病院にいったなら点滴やら何やら受けるだろうし…。」
「だからって、お金に困ってるようには見えませんよね…?」
「…しいて言えば、服装かな…?君の年頃ならオシャレをしたいはずなのに、あの時の君は今みたいな女の子らしい格好じゃなくて、動きやすそうな格好をしてたから…。」
「も、元々、そう言う格好が好きなんです。」
「…本当に?そのワンピースみたいなデザインが本当は好きなんじゃないの?」
「そ、それは…。」
キョーコは何も言えなくなり、
「…話してくれないかな…?君の力になりたいんだ。」
心配そうな目で蓮に見つめられて、ついに折れた彼女は、
「…話が長くなるんですけど良いですか…?」
「うん、いいよ…?ゆっくり話して?」
「はい…実は…。」
上京する幼なじみに誘われて、上京してきたこと。その幼なじみは不破尚であること。彼が売れるまでは、朝から晩まで働いて彼の面倒をすべてみていたこと。売れてきた彼は今では殆ど帰ってこず、高いマンションに1人でいることが多いことなどを蓮に話した。
話せば、話すほど蓮の眉間にシワがより、幼なじみとは恋人同士なのかと聞かれて、キョーコは首を振る。悲しいことに恋人同士ではない。彼に好きだと言われたことなどないのだから…。
「…そのマンション、出たらどうかな?それなりにセキュルティーがあって安いところなら、探せばあるよ?」
「でも、それじゃあ…。」
「彼は売れてきたんだろ?なら、自分の面倒は自分で見て、1人暮らしがもう出来るはずだ。もう君が彼の面倒を全部みる必要はないんだよ?」
優しい口調で蓮は言い、キョーコの頭を撫でながら、
「辛かったろ?朝から晩まで働いて…自分のやりたいことを何一つできなくて…。」
彼の言うとおりだった。辛かった。けれど、何より辛かったのは、松太郎が帰ってこない事と自分に冷たいことだった。
その辛い感情を思い出して、キョーコは涙が出る。
「…やりたいことはないの?何でもいいんだ。これがしたいって言うのがあれば…。」
「やりたいこと…。」
蓮にそう聞かれて、キョーコはとりあえず、オシャレがしたいと思った。年頃なのだから当たり前のことなのに、今の今まで出来ないでいる。
「お、オシャレがしたいです…。」
「うん、ほかには?」
「こ、高校に通いたいです…。」
泣きながら彼女は答えて、
「…分かった。高校については、知り合いに聞いてみるよ。あとはそうだな…マンションも一緒に探してあげるよ。」
彼の大きくて温かな手が、頭を撫でてくれたため、余計に涙が出てた彼女は、蓮の優しさが心に染みるのを感じながら泣きじゃくる。
その日に食べたハンバーグの味はずっと忘れられない気がしたのだった…。