「…どうしよう…。」

自宅に帰ってきたキョーコはそう呟いて、床に座る。

「やっぱり、そうしたほうがいいんだよね…?」

ここの家賃は十代の女の子が払うには高すぎる。蓮の言うとおり、引き払ったほうがいい。

「ショウちゃんも帰ってこないし…。」

帰ってこないと言うことは寝泊まりする所があると言うことだ。

そこまで考えて、キョーコは下唇を噛む。

「…ショウちゃんの荷物をまとめよう…それからショウちゃんに電話して…。」

のろのろと立ち上がり、クローゼットから男物を出して、大きな鞄につめていく。

(…そういえば、どうして、あんなに泣いちゃったんだろう…。)

彼女は小さい頃から人前で泣くような子ではなかった。

その理由は彼女が育った環境。母親に愛されようと頑張るが、努力は報われず、泣いてばかりだったが、泣けば周りの大人を困らせ、果てには幼なじみまで困らせた。そのせいか、周りに迷惑をかけることと、泣いても母親が振り向いてくれないことに気づいて、いつしか泣くことも無くなる。

涙を流したのは本当にここ数年ぶりで、

(敦賀さん…。)

彼の温かな手を思い出して、自分の頭に手をやる。

(不思議だな…敦賀さんといると安心する…会ったばかりなのに…。)

自然と沈んでいた気持ちが持ち上がったが、

「よし、終わった。」

男物をすべて鞄に入れ終わり、キョーコは松太郎に電話をかけると、

「…やっぱり、留守電か…。」

また気持ちは落胆して、彼女は仕方なく、このマンションを引き払うことを伝えた…。

その翌日、キョーコは全てのバイトを終わらせ、荷物を床に下ろすと電話がなったため、彼女は急いで受話器を取れば、

「はい、最上です。」
〈…もしもし、俺だけど…。〉
「こんばんは、敦賀さん。」
〈うん、こんばんは。昨日の話なんだけど…。〉
「はい、なんで…。」

何でしょう?とキョーコは聞こうとした時だった。玄関のドアが開く音がして、

(…!もしかして、ショウちゃん…!?)

幼なじみが帰ってきたと知り、彼女は慌てた。なんと言っても電話相手は松太郎の大嫌いな蓮なのだ。知られたら、マズい状況になること間違いなし。

「ご、ごめんなさい、後でかけ直します!!」
〈え…!?最上さ…。〉
「すみませんっ。」

受話器を元に戻し、電話を切った瞬間に、

「おい、キョーコ。」

松太郎が姿を表し、彼女を呼ぶ。

「お、お帰り。ショウちゃん。」
「ああ…で?ここ引き払うのか?」
「う、うん…だってショウちゃん、住むとこ見つけたんじゃないの…?」
「…だとしたら何だよ。」
「だ、だったら、私、ここじゃないとこに住んでもいいよね?」
「そんなのお前の勝手だろ。」
「…そ、そうだけど…。」

そこで完全に会話は途切れ、

「荷物、持っていくぞ。」
「う、うん…あ、あの、ショウちゃん…。」
「何だよ。」
「き、聞かないの?私がどこに住むのか…。」
「ああ?何でそんなこと俺が聞かなきゃならねぇんだよ。」
「な、何でって…。」

普通は聞くのではないだろうか。幼なじみであるのだし、一応は一緒に住んでいた仲だと言うのに…。

「とにかく、これでお前と俺の仲は切れるよな?じゃあな、キョーコ。もう会わねえと思うけど。」

松太郎はそう言って、彼女から去っていく。キョーコは立ち尽くした。

バタンとドアが閉まる音が彼女の耳に届くと、床にぺたりと座り込む。

(…何それ…私との縁を切りたかったみたいに…。)

胸が苦しくて、涙が出てくる。

(…違う…みたいじゃないくて、切りたかったんだ…私のこと…。)

縁を切りたかったから、自分に冷たかったのだとキョーコは気づく。

「あはは…バカみたい…。」

変な笑いがこみ上げ、アハハと壊れた人形みたいに笑う。

「ホント、バカみたい…!!」

自分が哀れでならなかった。バカみたいに言われるままついてきて、バカみたいに朝から晩まで働いて…本当に自分が哀れでならない。

「もう…どうでもいい…。」

ボソッとキョーコは呟く。

「私なんて死ねばいい…。」

自分の存在理由がないように感じた。必要としてくれたと思った幼なじみにも、結局は捨てられて、もうどうでもよくなった。

「そうだ…死んじゃおう…。」

立ち上がり、キッチンに向かう。

そして、包丁を出すとそれで手首を切ろうとした瞬間、

「最上さん…!!」

急に名前を呼ばれて、声が聞こえた方向を見れば、そこに蓮がいた。

「…ど…どうして…ここに…?。」

キョーコは動揺した。何故、彼がここにいるのかと…。

「心配になってきたんだ…!何度も電話をかけたのに、君は出ないから…!」

蓮にそう言われて、キョーコは時計を見てビックリした。蓮と電話してから1時間は経過している。

「よかった…ここに来て…胸騒ぎがしたから…。」

彼はそう言いながら、キョーコに近づく。

「敦賀さん…。」
「とりあえず、その包丁はしまおう?お願いだから…。」
「…はい…。」

言われるまま、彼女は包丁をあった場所に戻す。

「…何があったのか、話してくれないかな…?」
「はい…。」

素直に頷いた彼女は、松太郎との会話を彼に話始めたのだった…。