その夜。蓮は溜め息ばかり、ついていた。その理由は勿論、社との会話が理由なのだが…。
『は…?恋…?』
『だってそうだろう?特定の女性を思わず抱きしめるなんて、相手に恋愛感情を向けてなきゃ、やらないかな。』
『…俺の両親は会う度に俺を抱きしめますけど…。』
『それは血の繋がった家族だからだろ?しかも、お前の両親はお前を溺愛してるわけだし。』
『…まあ、そうですけど…。』
『じゃあさ、質問変えるけどさ、その特定の女性と一緒にいて、お前はどういう気持ちになる?』
『気持ち…?』
『例えば、彼女の笑顔を見ただけで、嬉しくなったり…逆に悲しそうな顔をしてると心配になって、自分のことのように悲しくなったり…。』
そこまで聞いた蓮が、目を見開いたので
『何か思い当たることでもあるのかな?』
社はワクワクしながら聞けば、
『…ありますけど…それが何か…?』
『…!やっぱり、あるんじゃないか!!いいか?それは恋の初期症状だ!』
『は?』
『彼女が愛おしいから、笑顔でいてほしいって思うだ!しかも、お前はこの頃、抱きしめるという己の行動に悩んでいる!じゃあ、逆に聞くが、彼女を抱きしめてしまう時はどんなときだ!?』
『ど、どんな時って…それは…。』
蓮が思い浮かべるのは、まずキョーコの笑顔だ。それから泣き顔、恥ずかしそうに頬を染めた顔…。
『っ…。』
思い浮かべた蓮は、今すぐキョーコに会って、彼女を抱きしめたくなり、顔が熱くなるを感じた彼はとっさに口元を手で覆う。
『蓮くん~?なんで口元を隠すのかな~?お兄ちゃん、その訳が聞きたいな~?』
うふふとド○○もんみたいな笑みを浮かべて社がニヤニヤするので、
(ぜ…絶対に言いたくない…!!)
蓮はそう思った。遊ばれるのは目に見えている。
そのまま、社からのそれ系の質問をかわし続け、現在にいたるのだが、蓮はクタクタだった。
社は勘と洞察力が良い。
そんな彼と出会ったのは、17歳の時だったのだが、社を紹介され、マネージャーについて少し経った後、
『…やっぱり、お前のその笑顔は胡散臭い。』
彼は蓮に対してそう言ったのだ。
『俺には無理して笑ってるように見える。その笑い方は止めろ。気づく人間は気づくぞ。』
完全なる図星だった。ある理由でこの頃はまだ作り笑いしかできなかったのだから…。
あれから三年。社は蓮を陰ながらサポートし、彼の信頼を勝ち取り、今では堅い信頼関係得ている。
「…あの…敦賀さん、どうかしましたか?」
戸惑ったようにキョーコが蓮の顔を覗き込んできて、彼はハッとした。
「な、何でもないよ。」
蓮はキョーコから視線を逸らす。彼女の顔をまともに見れない。
『それは恋の初期症状だ!』
そう言われるとそうかも知れない。
(いやいや…っ。この子は16歳の女の子だぞ?20歳の男が手を出したら、犯罪だろっ。)
きっと気のせいだ。正気になれと蓮は自分に言い聞かせる。
そんな言い聞かせは、恋煩いの前では意味がないとは知らずに…。