「あ、監督。おはようございます…ってなにしてるんですか?」

メガネをかけた男性が部屋に入るとCM監督である黒崎…完全にチンピラで全然監督に見えないが、彼は鼻歌を歌いながら、ハサミを使って紙を切っていた。

「ちょいっと、二次審査の準備をね。」
「準備…ですか?」
「ああ。何分、今回のCMに変更が出たから。」
「変更…?内容はまだ決まってませんでしたよね…?何を変更するんですか?」
「起用人数。」
「何人ですか?」

メガネの男性が首を傾げながら尋ねると、ニッーと監督は笑ってピースした。

その数十分後のことだ。

テーブルには諭吉の札束の山。そこに黒崎はドンっと足を乗せる。

「…悪いが…この紙屑の山をもってさっさと引き上げてくれねーか?そして、あんたらのとこのお嬢さんにこう伝えな…俺は“才能”を安売りしねぇんだ…。」

絵梨花の執事たちにニヤリと笑って睨む素顔はまさしく、マフィアのドンである。

…と言うわけで絵梨花は黒崎を買収できなかった。

電話で執事たちにもっと食らいつきなさいよと叱っていたら、

「あ~ら?何か、不手際?」
「…!!」

奏江に声をかけられてギクリとし、電話を切る。

「…もしかして“いつもの”実力が使えないのかしら…?」

クスと笑う奏江。もうそこに影はない。

「な、なんの事…!?私は今までずっと自分の実力で貴女の上を歩いてきたのよ…!?小学校で一度、私に勝ったからいい気にならないで!!」

ふんっと鼻で笑う絵梨花に、なってないわよとカチンとしながら心の中で奏江は突っ込む。

「あれから一度ども演劇に触れてない貴女と違って、私はグングン演技の実力ついたんだから!!今回だって私の実力で貴女に勝ってみせるわ…!!」

絵梨花は気づいてない。この発言が以前と違うと言うことに…。

以前なら、もっと余裕ぶって奏江をバカにさえしていたからだ。それに気づいた奏江は目を見開いた後、口元が笑う。

「…!?」
「…そう。それは楽しみ…。」

そう言って奏江は絵梨花に背を向け、去っていき、

「…なんて事が書かれてるに違いないわぁああ!!嫌ぁああ!!怖くて引けないぃいい!!」

顔を覆って首を振りながら泣くのはキョーコなのだが、

「…あんた…まだクジ引いてなかったの!?」

二次審査で必要だと言われていたクジをまだ引いていなかったため、奏江は呆れた。

「何やってるのよ、もーーー!!」

奏江はさっさと引こうとクジが入った箱へ手を突っ込めば、

「なによ、もう2つしか残ってないじゃない!」

紙は2つしかなく、それを引き抜いて、はい、あんたはこっち!とキョーコに差し出す。

「えー!?やだー!!そんなのひどーい!!」
「うるさいわね!!もーー!!ハズレなんかあるわけないでしょ!?二次審査のためのクジなんだから!!」

キョーコなど無視して、引いた紙を広げれば“3A”と書かれていた。

「…なに?これ…。」

奏江が首を傾げるとキョーコも恐る恐る広げれば“3B”と書かれている。

「なんだろう、これ…?」

まったくもって、意味が分からない。

「ぶっはーーー!!」

すると笑いに吹き出した声が部屋に響き、受験者たち全員がびっくりして、声がした方向に向く。

(…誰?あのチンピラ…。)

そこには黒崎がおり、彼の視線は奏江に向いていた。

(す…すげーー!!なんだこの、すげーイカレたショッキングピンク!!これか!!これなのか!!苦労せず目立てる方法ってのは!!そりゃあ、嫌でも目に入るって!!ひゃはははは!!)

本当に可笑しいのだろう、黒崎は涙が出るくらい笑いながら席につく。

当然、そこで彼が監督だと紹介されるため、受験者たちは驚愕し、絶句した。

「えー、皆さんが一度は見たことがある斬新かつアーティスティックなカインドーさんのCMは全て黒崎監督は手がけていまして…。」

メガネの男性…今井が説明してる途中で、黒崎監督がその肩に腕をおいて体重をかけてくる。

「何故、世間でそう評価されるのか…それは俺が作るCMがアートだからだ!!」

キラキラと自分のCMを語る黒崎。本人はすこぶる本気なので笑ってはいけない。

「知ってるか?CMって言うのは数十秒の勝負だ。たったその数十秒で主役の商品や社名を消費者の記憶に残さないといけない。で、今回のCMはちょっとしたドラマ的な内容にしようと考えているんだが、全員もうクジは引いてるな?数字とアルファベットが書かれているだろ?それの同じ数字を持ってるもの同士、ちょっとペアになってくれ。」

黒崎に言われ、受験者たちはペアを作っていき、

「モー子さんが3Aで3Bが私だからペア?」
偶然にも奏江とキョーコがペアだった。

「クジに書かれたAとBは、自分に与えられた仮の役名だとでも思ってくれ。つまり、今回のCMのドラマを展開するのはA子とB子。起用されるのは君たちの中から2人。」

起用されるのは1人だと思っていたところに2人と言われて受験者たちは目を見開く。

「ただし、今組まれてるペアで起用するとは限らない。ひとまず、二次審査を今のペアで見た上で俺が気に入ったA子とB子を選び出す。そこで、早速君たちにはやってもらいたい課題があるんだが、その課題は“簡潔”に60秒内で喧嘩をしてもらう。」

指で6を示したあと、黒崎は説明に入る。

「その喧嘩の原因だが、A子とB子は2人して同じ男に想いを寄せていて、A子だけがその男にこくったら、実はその男はB子が好きだった、と言うことからだ。喧嘩の仕方は君たちに任せる。20分時間をあけるから控え室で打ち合わせしてくれ。ただし、これだけは踏まえた上で喧嘩の仕方を考えること。A子とB子は“お互い大切に思い合ってる親友同士”だ。」
「異議あり!!」

説明し終えたと思えば、絵梨花が抗議してきたので、

「なんだ?そんな女の友情はあり得ねぇてか?いいじゃねぇか。作り事なんだから。」

多めにみれよー、と黒崎は彼女に言ったら、

「そうじゃなくて!!あの人たちのことです!!」

絵梨花は奏江とキョーコを指差したので、2人はびっくりした。

「あの人たち、知り合い同士でペアを組んでます!!昨日会ったばかりの人間同士でペアを組んでる私たちより息の合う受け答えが出来て当たり前だと思うわ!!この場合、あの人たちに打ち合わせなんていらないと思います!!」

彼女の主張に他の受験者たちは同調する。

「…!」
「も、モー子さん、どうしよう!?」

キョーコは泣き出そうな顔で奏江をみると、

「あー、わかった、わかった。クジのやり直ししてやるから。」

黒崎がクジが入っていた箱をテーブルに置く。

「…!いいえ…!」

それを止める奏江にえ?とキョーコも黒崎も彼女を見た。

「このままでお願いします。打ち合わせなしで構いませんから…。」

それもそうだ。打ち合わせなしと言うことは完全アドリブと言うことであり、黒崎は目を白黒させ、キョーコは真っ青になったのだった…。