仕事中、とびきりグッドルッキングな殿方を発見

「あんな人、うちにいたっけ?」


見れば制服を着ていない

派遣の人なのだ



太い眉毛にしっかりとした顎

広い肩幅に作業をして暑くなったのか捲り上げた腕の逞しいこと

そして周りから頭ひとつ分飛び出るその身長

遠目で見ていた私は

その喉仏を視界に捉えた

まず「声」を聞きに行かなくてはっ!!


つかつかと近づき

「お疲れ様ー」と通り過ぎる

「あ、お疲れ様です」


キターー!!!!


来たよ、やっと来たよ

私は手のひらに爪が食い込む程後ろ手にガッツポーズをした



別に大それたことなんて望んでいない



ただ

普段「ああ、まだ4時間もあるよ・・・」と何度も時計を見る毎日から

職場に行くのが楽しみになるような毎日になれば、と思うだけだ


そういう付加価値が、そろそろ欲しくなっていたところなのだ


近づいて見れば、彫りの深い顔立ち

笑うと口元による皺

浅黒い肌



素敵



私は忙しいのをいいことに

彼の隣で仕事をすることに決めた


すると流石繁忙期

どんどん仕事が溜まっていき

しかも慣れない派遣さんの隣ですから

余計に私の負担量は増えていき

結局走り回るハメに


ゼイゼイ息をする私を同僚がからかう

「笑ってるなら手伝って」

そういう私を見兼ねたのか、彼が声を掛けてきた

「これは、こっちでいいですか?」

「こっから向こうは俺、行きますから」


あら。性格も良いみたい


「誰かに似てる」と指を指せば

「そうですか?」と笑って見せた

口元に素敵な皺をよせて


あ。えくぼ

可愛い



あの日程、あの会社での仕事が楽しかった日はなかった


どの会社も故意にイケメンを数人配置すれば

女子社員の就業意欲は間違いなく上がると思う




私の職場は繁忙期にはよく足りない人材を派遣で埋める

派遣から入った私のように、気に入られたりするとお誘いを受ける


だけど殆どの派遣さんは掛け持ちか学生か

やる気のない人だったりする

それにこちら側も忙しい時しか呼ばないので

そこで安定した収入を見込めることは少ない


毎日来る派遣さんなど稀、なのだ



次の日

やはり彼は来なかった

ほんのアルバイトだったのだろう


落胆は大きかったが

思い出し笑いはしばらく続いた



小さな恋が

一週間を乗り切る元気をくれた



次に会うことがあったら

お名前ぐらいは聞いてみよう






友人に

「覚悟を決めて行動するのは、開き直りに近い」と言われた

つまり臆病なのに覚悟を決めるのは、開き直りだと


「ええい、ままよ!」と


言った本人は、私が気を悪くするのではないかと心配しているのかも知れないが

私はそれを受けて

「え?覚悟って、それ以外にあるの?」てな感じだった



私の生活は「覚悟」の連続だ


本当なら家に籠って、何もしたくない

出来ることなら食事もしないで酒を飲み

一日中ペンを握って、物書きをしていたい

白い紙を広げて

何を書こうかとワクワクするあの感覚を

死ぬまで味わっていたい



だけど

生きなくてはならないから

生活があるから

動き出す


朝、家を出るにも小さな覚悟がいる


自分が動くということや

人と関わるということは

良くも悪くも何かに影響を及ぼして

もしかしたら知らないうちに人を傷付けたりしているかも知れない


自分の言った一言が

自分の行ったことや、行わなかったことが

誰かを不快にさせているかも知れない


良かれと思ったことでさえ

必ずプラスに働くとは言い切れないのだ



そういうことを毎日考えていると

追い詰められて

自分の許されるスペースはつまり家の中だけになる


だけど

仕事をしないとならないのが現状で

それをして得られるものは賃金だけでは、ない


どうにもやらなくてはならないものならば

「覚悟」を持たなければ出られない


「ええい、ままよ!」とドアを開ける


私、誰かを傷付けるかも知れません

だけど気付けば謝ります

その責任を果たせるように努力します

だけど

あなたも私を傷付けるかも知れませんから

お互い様ですよね?

仲良くいきましょう


そんな風に自分の中で折り合いをつける



自分を上等な人間だと思ってはならんが

下等な人間だとも思ってはいけない




上に書いたイケメンを見付けた時も、そうだ


歩み寄って声を掛けるのは実は私にはとても勇気のいることで

本来なら関わらなくてもいい相手

する必要のない会話をしている


ただ魅力的な人の声を聞きたい私の欲望の為に


私は彼の声が聞けた

楽しい時間も過ごせた

だから走り回り彼の仕事も手伝う

馴れない職場に気を使う彼を和ませる

対価は等価交換でなくてはならない



私が彼の隣に行ったことが

彼にとって「迷惑なこと」ではなく「良かったこと」になるように

最善を尽くすぐらいのことは

覚悟をしています




彼が当日帰宅してから

「あの人ウザかったなぁ」と思ったら

全部無意味な安い覚悟なのかも知れませんが



そういう方向で考えたらキリがないので

そこはスルーします

精神衛生上



自己満足かも知れませんね







ところで






「責任」って




そんなに怖いですか?