職場の直属の女上司が辞めた

突然に



「お世話になりました」等の挨拶もないままに

まさに、突然に



これは、一体どういうことかと

今、職場ではこの話で持ちきりだ


私はそれをおととい聞いた

「あの人、明日で最後みたいだよ」と

「何で?」と聞いても

「わかんない」とひとこと


喫煙所というところは情報の溜まり場の筈なのに

この情報量の少なさと言ったら!!



とにかく、昨日を最後に彼女は消えた



当日、彼女から何らかの報告や告白みたいなものがあるかと期待していたが

笑顔で「お疲れ様」と言っただけだった


そして今日

本当に彼女は来なく

彼女のシフトも消されていたので

恐らくあの噂は本当なのだろう


「何故?」の嵐である



私と同じ部署でいつもセットにされている若い相棒に聞いてみた

彼は昨日とおととい公休を取っていたので確認のつもりで


「ねぇ、あの人何で辞めちゃったのか知ってる?」

「え?あの人って、あの人ですか?え???辞めた?嘘、でしょ?」

知らなかったみたいだ

その後2時間彼はショックの愚痴を零し続けていた

「この間も俺に料理作ってきてくれるって言ってたんですよ」

「俺、何にも聞いてなかったですよ、凄いショックです」


惚れてたな、こいつ

そう思いながら

つい言ってしまった

「男性にはやっぱり人気があったんだね」

「え?女性には違うんですか?」


彼に聞かれてハッとした


思い当たるのは更衣室だ

女性だけのその空間では、女達はつい気を許し

本音を言ってしまう

私はそこで着替えながら何度か彼女の悪口を聞いた


そして喫煙所

彼女は煙草を飲まないので、そこに立ち入ることがない為

あからさまに男も女も彼女の悪口とも取れる愚痴を煙と共に吐き出していた


上に立つ立場になれば

陰口を叩かれるくらいは覚悟の上の筈だし

確かに個人的に私も好きなタイプの女性ではなかったが

仕事熱心だったし、また決断も仕事も早い頑張り屋の女性だったと評価している

悪口を聞く度に「だったらお前にあれが出来るのか?」と内心思ってもいた


笑顔の可愛い人だった

多少バタバタと走り回り、時に機嫌で人を動かすのはイラッとしたが

気の強い彼女は自分に厳しいのと同様、人にも厳しいのだと納得出来た

私はもっと要領の良い女が好きなので

それが出来るもう一人の女上司を支持していたから

これからは少し楽になる、と

昼休みを過ごしたが

そこから戻ると相棒の若い彼が

昼休み中にかき集めた新しい情報を持って私の元へ来た


「分かりましたよ、真相」

最早、見習い探偵のような目をしている


「でかした。で、どうなのよ?」

だから付き合って私はその相棒になる


「言われたらしいっすよ。お前のやり方はダメだとか、色々」

「誰に?」

「決まってるじゃないですか!あっちと、あっちです」


「あっち」というのは、彼女と同じ立場にありながら

女の子達とじゃれ合いながらのほほ~んと仕事をする男だ


もう一人の「あっち」とは、現場一切を仕切るボス

学生時代から柔道で鍛え上げたオラオラ精神で上り詰めたタメ口仲間主義上司だ


「でも、それっておかしくない?女好きはともかくオラオラ上司は彼女が動いてくれていて助かってた筈だよ」

「それが・・・仕掛け人がいるんですよ」

「仕掛け人?」

「ちょっと声掛けてみますよ。冴子さん傍にいて下さいよ」


そう言うと彼はおもむろに通りかかった人に声を掛けた


「ねぇ、○○さん、あの人が辞めたって今冴子さんから聞いたんですけど本当ですか?」

その人は立ち止まり

いつものようにクールに答えた

「ああ、あいつね。昨日付で辞めた。今は有給消化してるんだよ。もうここには来ねぇな」

「それって、突然決まったことなんですか?」

「いや、かなり前から決まってたよ。ねぇ、冴子さん?」

「え??私はおととい初めて聞いた」

「あ、そうなんだ。俺は色々知ってるよ~。皆、口には気を付けな」

そこまで言うとその人は仕事へ戻っていった


私も相棒も内心「キャー!!」てな心境である

二人きりになった途端、目を見合わせた


「仕掛け人って・・・どういうこと?」

聞かずにはいられない


「つまり、彼があっちの人達に助言したんだって」

「助言?そんなんで人事が動くの?」

「人事じゃないですよ、クビじゃないんだから!つまり、辞めるように仕向けられたんでしょうけど」

「嫌がらせとかをされたってこと?」

「そこまでは分かりません。だけど、傷付いて辞めたことには間違いないと思います」



「彼」とは私が最近つぶやく時「ドS紳士」と表現する素敵男性のことだ

私が見る限り、社内で一番仕事が出来て一番人を使うのが上手い

時に非情なことも言うが、実力を伴うので文句の付けようがない

そんな人だ


だけど

私の「良い男条件」の中に

「口の立つ男」などという項目は、ない


彼は一見

黙々と仕事をこなし、見ていないようで全体の流れを見ていて

的確な指示を出せる理想の男性に見えたから


人の選別まで出来る采配があってもおかしくはないが

それをして良い立場では、ない


まして相棒の言うように仕掛け人だとしたなら

それはそれでかなり腹黒い


今回彼女が消えたことが

会社の為とは到底思えないからだ


だとしたら

彼がそんなことまで操れるのだとしたら

役職なんて意味を失くし

彼に気に入られたモン勝ちになるのが怖い



これがドラマや映画なら面白いよ

まさかのあの人が犯人でした、みたいな


だけど

実際は歓迎しないよ

組織の意味無くなっちゃってるし

彼に対する対応に困る



すると

私がひとりになった時に、彼が声を掛けてきたんだ



「冴子さんさぁ、先週土曜出る代わりに平日休み貰ったでしょ?何?突然休み貰ってもやっぱ困る?」

質問の本当の意図が分からず曖昧に笑う


「俺さぁ、冴子さんて普通の奥さんだと思ってたんだよね」

「普通の主婦だよ。子供の面倒見てる」

「でも急の休みで、男と連絡取れた?」


ハッと思った

何でそれを??


誰にも言っていない筈

誰にもそんなこと・・・



あ!!!


それは

私が派遣でこの会社に来た時から

私の世話を焼いてくれ、いつも優しくしてくれて

私の本名になぞらえたあだ名まで勝手に付けて呼ぶ程

心を許していた年上本社社員に

「明日、休みなんだって?冴ちーん、いいなー」と言われ

「急に休み貰っても男捕まんないっつーの」と

気心知れた間柄だと思って零したことが

漏れていた、ということだ



ああ、そうか


あいつも、ダメなのか




自分の浅はかさに唇を噛むものの



こんな会社って、どうなのよ?

とも思う



普通

噂話は女性の特権じゃないの?


女性はそれをそれ程利用する気など更々なく

日頃のうっぷん晴らしの為にするものだ


悪口を言っても、「仕事」と思えば不満も呑み込み仕事をする

家族ではないのだから

分かり合えない色々にも、それはそれとして受け入れる



だけど

男性がそこに着目して厳しく当たったなら


目も当てられない




私達は女同士で、お互いに主婦だから、子供がいるから

旦那の都合もあるし、子供の行事もあるし、

この年齢特有の色んなこともあるのを知っていて

お互いに庇い合う術も持っている


「子供が事故にあいました」なんて当欠も、

男性は「だから女は」なんて言うけれど

私達には良く理解出来る為

その穴をカバーしようと皆が思う




そこにもしも

彼のおかしな采配が下ったりしたら



その時は私が真っ先に声を上げようと

今日、思った



気に入らないものを排除する

彼が本当にそんな人だとしたなら


話して理解させるのも

面白そうだ