前回 ↓ の続きです。

 

 

世界で一番美しい少年と呼ばれた、ビヨルン・アンドレセンのその後。

 

 

デビュー作が超名監督による世界的な話題作だったにも関わらず、その後の彼は俳優としてはぱっとしなかった。というのも、第一作目「ヴェニスに死す」があまりにも鮮烈な印象を与えたため、後がやりにくくなった、子役俳優によくある現象だったと思われる。

 

大人になってしまった彼に、商品価値は残っていなかった。少なくとも、ヴィスコンティ監督を含め周囲の人々はそう思っていた。

また、ビヨルン自身も、映画界に疲れ、うんざりしていた。

 

彼はもともと音楽学校でピアノを専攻していて、以後ピアニストとしての活動を中心として生きていくことにした。

 

映画の中でも、彼が17歳の時演奏したショパンの「革命のエチュード」のテープが出てくる。失礼ながら、彼がそんなにピアノが上手だったとは知らなかった。

 

当時はみんな、彼のことは所詮「ツラの皮一枚の美しさ」のみだと思っていたのだ。それは本人にとってはとても辛くはがゆいことだったに違いない。

 

そんな彼も年を重ねて結婚し、子供を二人授かる。長男は赤ちゃんの時突然死。それによりビヨルンは長いうつ状態に入る。そして喫煙に飲酒と、依存症に陥ってしまった。

今や自分も子持ちとなった長女のロビーナさんは、当時の彼を称して、

 

「よい父親の形は整っていたけど、実際はそうではなかったわね」

 

と言っている。

なんか言いたいことはわかるなあ。彼はとても芸術肌の人で、才能があるがゆえにある意味自己中心的で、家族のことを慮ったり気を遣ったりすることがなかったのだと思う。

 

恐らくそれは、彼自身の母親から受け継いた気質だったのではないだろうか。

 

実際、映画の中で、長年献身的に彼の生活をサポートしてくれた、若く美しくしっかりしたガールフレンドにも、電話で別れを告げられてしまう。

その時彼女はこんな風に言った。

 

「私が何をしてあげても、感謝したことがないのよ、あなたは。そんな人と、これ以上どうやってやっていけるでしょう。今、私に気がある男性がいるみたいだから、そちらを試してみてもいいんじゃないかしら。もうあなたの世話には疲れたわ」

 

そんなことを電話口で怒鳴られても、ちんぷんかんぷんなお爺さんがこの元「世界で一番美しい少年」なのだ。

 

ああ、人間って完璧じゃないんだなあ! どこか非常に優れたものを持っていたら、決定的に欠けた一面もあるようだ。

 

そんなビヨルンだが、還暦を過ぎて真っ白な髭を垂らすようになり、その特異な外見からまた映画にお呼びがかかるようになった。

 

 

最近では、日本でも公開されたこの映画に出演 ↓

 

 

栗原先輩もビデオで見たのだが、スウェーデンってこんな怖いところなのか〜滝汗 と恐怖するような映画だったのだそうだ。

 

見た目はずいぶん変わったけれど、健康でありさえすれば、これからも色々な役ができそう。頑張って欲しいです!

 

来日時の様子 ↓ 歌や明治チョコレート「エクセル」のCMなど。