百万本のバラの花 | 自由の女神になりたくて。(New York 理想と現実ライフ)

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華やかな理想的街で、庶民的な現実生活を Enjoy する方法! 好奇心と向上心だけで生きる。合言葉は、「やったモン勝ち!」 仕事、恋愛、アメリカンドリーム、日々のつれづれ語ってます。


♪百万本のバラの花を~、

 貴方に、貴方に、貴方に、あげる~~~



It's so rude.  (はい、これ大変 失礼なことにあたります。)



はぁ?


 

百万本のバラの花束なんかもらったら、ロマンチックでうれしいよね。

(ちょっと多すぎで、引くかもしれないけどさ・・・)



失礼とは、どういうことか?



この前、レノン君が、ベラルースのサッカーの試合を、こりんごちゃんちに見に来て、カレーの王子様になった日。 ココ 参照)


 

「こりんごちゃんっ! それ、直ぐ捨ててっ!」


血相かいて言うから、何事かと思い・・・


 

「What?」 (なに、どうした?)


すごく神妙である。


 

「その花!」


見れば、一輪挿しに飾られたバラの花。


 

正確には、バラのドライフラワーと、造花の2本。



こりんごちゃん、花を飾るような、ロマンチックな乙女でありませんけど・・・


今年のバレンタインディーに、マークから贈られた、チョコレートのバラ。コイツは、こりんごちゃんが 花より団子であること知っている。)


もう一本は、レノン君自信が、こりんごちゃんに くれたものである。

(バンド解散か?ってくらいのゴタツキの時、くれたもの。)


 

何となく 因縁(?) いや、思い出深いので、捨てられず、飾っておいたのだ。



それを、捨てろ!と言う コヤツは 何様? (まして、その一本は、お前自信がくれたものなのに。)



「Why? I don't want to do that.」 (なんで?ヤダよ、捨てたくない。)


「だったら、セパレートにして引き離して!」


「だから、なんで!?」



「偶数の花は、死んだ人に捧げるものだから!」


 

へっ!?


 

ベラルースでは、偶数本の花は、死んだ人に献花する意味。

 

つまり、偶数本の花を、生きている人に贈るということは、

「死」を意味し、大変 失礼にあたる。



えっ! うそっ!?



慌てて、その造花とドライフラワーを引き離したけど・・・



日本じゃさ、歳の数だけバラの花を贈る、なんてロマンティックな事してる奴いるよね。


「たとえば、二十歳の誕生日なんかに、20本のバラなんか贈ったりするよ。」


「No way!」 (ありえないっ!)



国がちがうから、とは言え、あえて「死」を意味していると聞いてしまった以上は、やっぱりねぇ。


しかし、一本は、造花なんですけれど?もちろん中身は完食済み)



造花であれど、不吉だから引き離してくれ!とのことだったので・・・。



確かに、アメリカ人なんかが、お茶碗に よそられたご飯に、ブスッと箸を突き立てたり、渡し箸 なんかしてるの見ると、日本人としては、不吉に思うよね。


お仏壇に上げる ご飯や、火葬した骨を渡し箸する、イメージから、マナー違犯として、しつけられてきてるものね。



世界各国に、いろんな風習や慣わしがあるけど、興味深いよね。


 

特に、知る必要なし、と言われれば、それまでですが、

知らないで生きているより、知っていた方がいいよね。


 

これからも、こんな こりんごちゃんの驚きを、こりんごちゃん読者の皆様にも、おすそ分け していくわよ! (いらないかしら?)



女神度は?

よその国の風習に触れて、学んでるじゃん。

でも、こりんごちゃんの部屋には、ドライフラワーと造花って・・・(汗)

乾いた女だね。 星、☆☆(ふたつ)