どこか安心したように蓮が優しい顔をすると、あっという間に眠りにつき、規則正しい寝息が聞こえはじめた。
腕の力が少し緩んだ隙に、キョーコは蓮の腕からゆっくりと身を起こすと毛布を掛け直しキッチンへと向かった。


・・・・からかわれている?


使い慣れたキッチンから鍋を取り出し少量のお米を入れて洗う。
クルクルとまわしながら蓮に抱きしめられた腕の温もりを思い出し、キョーコは身を震わせた。


『君の方が綺麗だよ・・』


敦賀さんにとっては、どうってことのない使い慣れたセリフ。
誰かと間違えているのではないかと思った自分の心を見透かしたように、優しい声で名前を呼ばれ、キョーコの心臓は息苦しいほどドキドキと音を奏でていた。


食事を作って、すぐに帰ろう・・


玄関に寝かせたままになっている蓮を思い、軽くため息をつきながらキョーコは手際よく料理を続けた。


周りにたくさん綺麗な女性が居るのに・・なんで私なのよ・・
からかわれているとしか思えない・・
他の人には優しいくせに・・


キョーコは蓮のことばかり考えている自分にイライラしながら料理を作り終えると再び玄関へ向かい蓮の横に膝をついた。


あぁ・・だめだわ・・考えないようにしないと・・


玄関に到着するとキョーコは、眠っている蓮の様子を覗き込んだ。

「敦賀さん・・・・」
微かに身を動かし、うっすらと瞳を開いた。


「・・ん?・・」


「ここで眠ると風邪をひきますので・・起きてください」
肩に触れようとした手を寸前でとめて、綺麗な顔をじっと見ながら声をかける。


「・・ぅん?・・・・あれ?・・・・なぜ君が・・ここに?」
瞳があった瞬間に怪訝な表情をつくり、蓮がキョーコをじっと見つめる。焦点の合わなかった瞳がしっかりと自分を捉えたのを見て、キョーコは少しだけ安心した。


「社さんに頼まれたから来ました。・・熱が高いようなので・・薬を飲んで眠ってください。今、簡単な食事をご用意しましたので・・・・起きられますか?」


「あぁ・・・・うん・・ありがとう・・」
身体にかけられた毛布に視線を向けた後、その視線をキョーコに向けた。


「・・これは君が?」


「はい・・私では敦賀さんを寝室まで運べませんので・・食事の用意が終るまで・・と思いまして・・」
事務的に応えると、蓮がしばらく不思議なものでもみるようにじっと見つめた後、表情を和らげてキョーコにお礼を言った。


「そう・・ありがとう・・迷惑かけたね・・」

立ち上がろうとした蓮が床に手をつくとキョーコはそれを助けるように手を差し伸べた。蓮がその手を取るとまたドキリと心臓が不自然に音をたてた気がした。


あぁ・・だめだわ・・この人にこれ以上触れてはいけない。


キョーコは自分に言い聞かせるように心の奥で呟いた。