☆ホルモン剤(ピル)の使い方でAMHが半減? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

生殖医療専門医にとっても患者さんにとっても衝撃的な論文が今月発表されました。これまで、AMHは安定的で、いつ測定しても大きく変わることはないと考えられていました。また、ピルは安全性の高い薬で、使用を中止すればすぐにでも妊娠が可能になる、ON/OFFがはっきりした薬剤です。しかし、本論文は、ホルモン剤(ピル)の使い方によってはAMHが半減してしまうことを示しています。

Fertil Steril 2013; 99: 1305
要約:54名の女性(20~23歳、BMI 17.9~26.4)で、喫煙せず、過度な飲酒もなく、授乳中でなく、少なくとも2ヶ月ピルを使用していない方を、3群に分け3種類の投与経路のピルエストロゲン50μg+プロゲステロン150μg/日)を使用しました(A:内服、B:貼付剤、C:膣内リング)。これを連続的に使用し、使用開始前、使用後5週、使用後9週に採血し、AMH、インヒビンB、FSH、LH、E2を測定しました。FSH、LH、E2はいずれも薬剤そのものの作用として5週後には全て抑制されました。AMHは5週間でA群 86%、B群 75%、C群 88%に低下、9週間でA群 49%、B群 51%、C群 53%に低下し、インヒビンBは5週間でA群 10%、B群 10%、C群 13%に低下、9週間でA群 5.5%、B群 5.7%、C群 9.9%に低下しました。

解説:通常のピルは、21日投薬、7日休薬のサイクルです。本論文では、3種類のピルをいずれも休薬することなく連続的に使用するという特殊な使い方をしています。このような使い方をすると、AMHが9週間で半減してしまうという衝撃的な事実です。ピルの投与経路により、若干の違いがありますが、概ね同程度にまで低下しています。

生殖医療専門医としての衝撃は、本研究がこれまでの常識を覆す重要な事実を示しているからです。ヒト卵胞は、原始卵胞→一次卵胞→二 次卵胞→前胞状卵胞→胞状卵胞の順に発育しますが、原始卵胞の状態で卵巣に保存されていて、その後は持続的に供給されながら半年かけて発育します。AMHは、胞状卵胞以前の小さな卵胞(一次卵胞、二次卵胞、前胞状卵胞)の顆粒膜細胞で作られます。AMHが半分に減少しているということは、これらの小さな卵胞が半分に減少していることを示しています。一方インヒビンBは、前胞状卵胞と胞状卵胞の顆粒膜細胞で作られ、卵胞期中期で最大値になります。インヒビンBが10%に低下していることは、前胞状卵胞と胞状卵胞が10%になっていることを意味しています。つまり、一次卵胞と二次卵胞も数十%程度は低下していることになります。卵胞発育にはFSHが必須ですが、胞状卵胞以前の小さな卵胞の段階では卵胞の発育にFSHは無関係であり(この間約5ヶ月)、胞状卵胞以降に初めてFSHによる卵胞発育が起こる(この間は1ヶ月)と考えられていました。本論文は、連続的使用のピルにより抑制されたFSH等により、胞状卵胞以前の小さな卵胞発育が半分に抑制されていることを意味します。実際に、下垂体機能障害(FSHとLHが出ない)の方では、このような初期の卵胞が少なく、FSH投与により回復することは以前から知られていました。また、試験管内ではFSHが一次卵胞~胞状卵胞までの発育を促進することが知られています。つまり、FSHは胞状卵胞以前の卵胞発育に必須ではないが、必要なホルモンということになります。FSH以外にこれらの小さな卵胞の段階での発育に関係している可能性があるホルモンは、テストステロン(男性ホルモン)エストロゲン(女性ホルモン)です。テストステロンについては、「男性ホルモン」の項をご参照下さい。エストロゲンがAMH産生に関係していることは、動物実験のデータや試験管でのデータがありますが、生体内での実際のデータは不明です。

昔からピルは、21日投薬、7日休薬のサイクルのうち休薬期間が短くなるほどホルモンの抑制が強くなることが知られています。つまり、間の休薬期間が長くなるほど、その間の抑制が解け(FSH, LH, E2が上昇)ます。これまでの報告では、ピルがAMHへ及ぼす影響は様々でしたが、本論文ほどの低値を示すものはありませんでした。これは、投与方法が連続使用でなかったためと考えられます。

ピルには多くのメリットがあり、欧米ではピルの知識が高ければ高いほど使用頻度が高い薬剤で、産婦人科医の家族での使用頻度が最も高いようです。また、オリンピックのドーピング検査にも引っかからないため、女性アスリートの服用率も高いといわれています。本論文の結果をふまえ、あくまでもピルは連続使用しないという注意が必要です(発売されているピルには連続使用のものはありません*)。

体外受精のスケジュールに入る前の周期にもしばしばピルが用いられます。これにはメリットとデメリットがありますので、別の機会に改めてご紹介したいと思いますが、本論文からは少なくともピルの連続使用を避けるべきと考えます。

*日本には貼付剤と膣内リングのピルはありませんから、ここでいうピルの連続使用とは、エストロゲン20μg+プロゲステロン150μgをずっと内服することです。ピルには21とか28と書いてありますが、28の薬剤の最後の7日分には薬は入っていません(ダミーです)ので、28を連続服用しても実際は7日休薬していることになりますので心配ありません