☆☆ピル(OC)のメリット | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

体外受精の前周期のピル(OC)使用は、刺激方法によって有効か無効かが分かれることは、2013.5.14「体外受精前周期のピル(OC)のメリット•デメリット その1」でご紹介しました。ピルは、避妊目的だけではなく女性の生理に関するトラブル回避にとって非常に多くのメリットがあります。本論文は、ピルは長期使用すればするほど、ピルをやめた後に妊娠しやすいことを示しています。

Hum Reprod 2013; 28: 1398(デンマーク)
要約:2007年~2010年のデンマークの前方視的コホート研究のひとつである「Snart Gravid.dk」スタディーから、18~40歳の3727名の女性を抽出し、ピルの使用状況と使用をやめてからのTTP(time to pregnancy: 妊娠までの期間)を調査しました。コンドーム使用中止後と比較し、ピル使用中止後3ヶ月までは、妊孕性(妊娠できる力)が0.87倍に有意に低下していました(お産経験のある方に限ると0.79倍)。しかし長期的には、ピルの使用期間が長くなればなる程、ピル使用中止後の妊孕性が増加しました(2年未満のピル使用期間と比較し、2~3年では0.98倍、4~5年では1.16倍、6~7年では1.10倍、8~9年では1.17倍、10~11年では1.23倍、12年以上では1.28倍:統計学的に有意なのは10年以上使用の場合)。また、ピル使用開始の年齢が若い程、ピル使用中止後の妊孕性が低下しました(20歳以上のピル使用開始と比較し、18~19歳では0.90倍、16~17歳では0.88倍、15歳以下では0.81倍、統計学的に有意なのは15歳以下の場合)。ピルの種類としては、エストロゲン含有量が多い程、ピル使用中止後の妊孕性が増加し(エストロゲン20~30μg/日と比較し、30μg/日以上で1.18倍、有意)、新しいピル程、ピル使用中止後の妊孕性が低下しました(*第2世代のピルと比較し、第3世代で0.87倍、第4世代0.81倍、有意)。

解説:欧米諸国では、ピルの使用率が50~89%にも及びます(全世界では1億人以上が使用中)。ピルは、排卵抑制、頚管粘液増加、内膜菲薄化作用により、受精および着床を妨害し、避妊効果が現れます。これまでの多くの後方視的研究により、他の避妊法と比較して、ピル使用中止後の短期的な妊孕性低下が示されていました。しかし、長期的な妊孕性についての研究はわずか2件の論文のみで、妊孕性は他の避妊法と比べて変化なしとのことでした。本論文では、詳細な条件の検討をした結果、第2世代のピル、エストロゲン20~30μg/日、20歳以上のピル使用開始、10年以上使用すると、ピル使用中止後の妊孕性が一層増加し、望ましい使い方になることを示しています。

なぜ、ピルを長期使用すると、ピルをやめた後に妊娠しやすいかという理由については、排卵を抑制することがカギだと考えられます。通常毎日原子卵胞から卵胞が供給され、成熟卵胞あるいは閉鎖卵胞へ変化しますが、いずれにしても卵子が減少します。しかし、ピルを使用するとこれらの過程をある程度阻害することになるのではないかと考えます。2013.4.22「ホルモン剤(ピル)の使い方でAMHが半減? 」で示したように、ピルによってFSHが抑制されるため、胞状卵胞以前の小さな卵胞発育が一時的に減少(つまり卵子が無くなるスピードも減少)します(これはFSH投与により回復します)。ピルを長期使用すると、卵子の減少を食い止め、妊孕期間を遅らせることができるという論文も報告されています。たとえば、性染色体異常のひとつであるターナー症候群の患者さんでは、もともと持っている卵子の数が極端に少ないため、診断がつき次第ピルを処方し、卵子の減少を食い止める作戦が奏功します(慶応義塾大学の先輩、故田村昭蔵先生は、染色体や遺伝が専門で、多くのターナー症候群の患者さんを診察していました。田村先生の外来に付いている時、いろいろと教えていただいた中のひとつがこの方法です)。本論文では、現代の晩婚化社会において、ピルを長期使用することの有用性があるのではないかと述べています。

ところで、避妊以外のピルの効能として、下記の8つがあります。
1. 生理痛が軽くなり、出血量も減ります:お薬で起こす生理は軽くなります
2. 規則正しい生理周期ができます:ピルにより生理の周期がきちんと28日になります
3. 月経前症候群が軽くなります:生理前にイライラする、落ち込むなどの症状が軽減されます
4. ニキビや肌荒れの改善になります:女性ホルモンが、にきびの原因となる男性ホルモンのはたらきを抑えます
5. 子宮内膜症リスクが低下します:ピルは子宮内膜症の治療薬としても用いられます
6. 卵巣癌・子宮体癌の予防になります:ピルにより排卵が抑制されるため毎月の排卵後の卵巣の傷の修復が不要になること、ピルに含まれる黄体ホルモンが子宮内膜を保護することが理由として考えられています
7. 骨盤内感染の予防になります:ピルにより頚管粘液が増加するため、子宮への細菌やウィルスの侵入を妨害(バリア強化)します。このため、卵管炎、骨盤腹膜炎が予防され、不妊原因のひとつである卵管閉塞、卵管狭窄、腹腔内癒着の予防になります
8.骨粗鬆症の予防になります:女性ホルモンには骨を維持する働きがあります

*ピルはエストロゲン(女性ホルモン)と黄体ホルモンを組み合わせたものですが、ピルの世代は、黄体ホルモンの種類によって分類されています
第1世代:norethisterone
第2世代:norgestrel or levonorgestrel
第3世代:desogestrel or gestoden
第4世代:drospirenone

なお、エストロゲンは共通(エチニルエストラジオール)です。ピルの各世代の詳細については後日アップします。