☆針治療の効果は? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

今回は、「Acupuncture = 針治療」についてご紹介致します。
2002年に最初の報告があってからずっと、体外受精の妊娠率改善に「針治療は効果的」と考えられていました。2012年に初めてメタアナリシスが行われ、針治療により妊娠率が1.22倍になると報告されました。したがって、私はずっと「針」を推奨する立場をとってきました。ところが、2013年6月に発表された本論文は、メタアナリシスを再検討した結果、針治療の効果には疑問があるとしています。

Fertil Steril 2013; 99: 1821(米国)
要約:2002年のPaulusらは、針治療による妊娠率は2.08倍(95%信頼区間CI: 1.07~4.04)になるというセンセーショナルな発表をしました。ただし、このときの対照群はただ「横に寝る」だけでした。針治療に関しては特に対照群の取り方が難しく、本当に「針」の効果なのか、「プラセボ効果」(その治療でなく偽物でも得られる効果)なのか区別がつきません。Streitbergerは先が鈍な針の代用品を開発し、針は刺さないが圧はかかるという対照群を作りました。PaulusらはStreitberger対照群を用い再検討したところ、針治療効果は認められませんでした(CI: 0.73~2.26)。しかし、これは論文にはならず、学会発表の抄録のみでしたので、多くの方の目に留まることはありませんでした。Zhengらは2012年に初めてのメタアナリシスを行い(23の論文から5000件を超える症例)、針治療により妊娠率が1.22倍(CI: 1.01~1.47)になることを示しました。この23の論文を再検討したところ、いくつかの問題点が上がりました。

1 RCTでないものが1件、対照群に麻酔薬を用いたものが3件→これを除外すると妊娠率1.24倍(CI: 1.00~1.54)
2 針治療群と対照群以外の群をもつものが3件→さらにこれを除外すると妊娠率1.19倍(CI: 0.98~1.44)この時点で針治療の有意差が消えます
3 針治療群に漢方薬を併用したものが1件→さらにこれを除外すると妊娠率1.14倍(CI: 0.94~1.37)
4 さらに、針治療の実施日が胚移植の日から隔たりのあるものが3件
5 Streitberger対照群を含むものは6件→これでは妊娠率0.89倍(CI: 0.73~1.09)
6 さらに、Streitberger対照群で分娩までみたものが3件→生産率0.74倍(CI: 0.58~0.95)逆に、針治療はマイナスの効果として有意差を持ちます
7 針治療が有意なマイナスの効果を示した論文は2件あります。妊娠率0.66倍(CI: 0.44~0.99)を示した論文では、針治療を「ひねり」「持ち上げ」「強く押す」という表現で示しています。妊娠率0.34倍(CI: 0.15~0.79)を示した論文では、それまで全く針治療を行ったことがなく、胚移植の日に針の術者のもとへ車で長距離の移動をするという方法でした。このように、針治療がアグレッシブに行われたり、針治療に慣れていない場合にはストレス増加によりマイナスの効果をもたらすかもしれません→この2件を除外すると針治療のマイナスの効果は消失します
8 Streitberger対照群の単独使用は5件→妊娠率0.92倍(CI: 0.69~1.22)、Streitberger対照群単独使用を除く群は18件→妊娠率1.35倍(CI: 1.05~1.73)。この結果は、Streitberger対照群を用いると針治療の効果が消え、Streitberger対照群を用いないと針治療の効果が出ることを示しています。つまり、針治療の効果とはStreitberger針と同等であり、「プラセボ効果」のレベルであることを意味します。
9 本当に針治療に効果があるのか、あるいは「プラセボ効果」なのか、効果がないのかは、大規模なRCTが必要になります。

10~20%の妊娠率増加は意味があると医師は考えています。計算上では、10%の妊娠率増加を示すためには各群3829名20%の妊娠率増加を示すためには各群996名によるRCTが行えればよいことになります。結果が出るまでは、この情報を正直に患者さんに伝えるべきでしょう。そして、ストレスになるような施術はマイナスですので、リラックスできる環境を整えることが大切だと思います。

解説:95%信頼区間CIの見方は、1をまたぐかどうかです。1をまたぐ時は有意差なし、1<なら有意に高く、1>なら有意に低いという意味です。
同じ論文のデータを解析して、このように逆の結果を示すことは極めて珍しいことです。しかも、2つの論文とも同じ雑誌に掲載されました。ただ、本論文は、針治療を完全に否定するものではありません。針治療をどのように行うのがベストか、今後の検討を待たねばなりません。

いずれにしても、過去の常識が覆ることが時々あるのが医学の世界です。確信を持つためには長い年月を要します。私たち医療者は本当に注意して診療にあたらなければならないと思います。