☆不安、抑うつ、妊娠の関係 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

2012.11.24「☆心のケア(心理サポート)の必要性:女性編」では、「ストレス」と「不安」が体外受精の妊娠率を8~14%低下させることをメタアナリシスにより示しました。今回紹介する論文では、「不安」も「抑うつ」も体外受精の妊娠率には影響しなかったことをメタアナリシスにより示しています。この2つの論文はどう違うのでしょうか。

BMJ 2011; 342: d223(英国)
要約:1985~2010年に発表された論文で、不妊症女性の「不安」「抑うつ」と体外受精での妊娠率を前方視的に検討した14論文(合計3583名)をメタアナリシスにより調査したところ、「不安」も「抑うつ」も体外受精の妊娠率には影響しませんでした。

解説:この検討では、論文のクオリティーをNewcastle-Ottawa Quality Assessment Scaleにより客観的に評価し厳選した論文のみを用いています。具体的には、対象者の抽出方法が母集団の代表的な例を示しているか(80%以上の同意)1点、計測方法の信頼性(「不安」「抑うつ」スコアの取り方)1点、2群間に他の要因による差がないか(年齢、妊娠歴、過去の治療歴、不妊期間など)2点、経過をしっかり追跡調査できているか(80%以上で完了)1点、合計5点から計上します。0~2点が低クオリティー、3点が平均的、4~5点が高クオリティーとなります。

不妊症女性の心理で最も研究され、その重要性が指摘されているのは「不安」と「抑うつ」です。「心の状態」を比較するためには数値化したものが必要で、様々な「不安」「抑うつ」スコアが用いられます。しかし、一口に「不安」「抑うつ」スコアといっても何十種類もあり、上記の14論文だけをみても、7種類のスコアが用いられています。ですから、クオリティーの高い論文を集めたとしても、それぞれの論文を単純に比較できないとも言えます。

私がしばしば用いているスコアはHADS(14問)とPOMS(65問)であり、比較的短時間に回答することができますし集計も楽です。面倒なスコア法を用いると、患者さんも途中で答えるのが嫌になったり、集計する際にも時間がかかり得策ではありません。HADSもPOMSも日本語版が容易に入手できます。私が日本人の不妊症女性の心の状態を初めて調査し報告した論文では(Hum Reprod 2001; 16: 966)、不妊症女性は「不安」「抑うつ」「怒り」「活気のなさ」「混乱」の項目で対照群と比較し有意に高いスコアーを示しました。また、HADSのカットオフ値を12/13に設定すると、対照群の16.0%と比べ、不妊症女性の38.6%が陽性となり有意に高いスコアを示しました。

これまでに報告されたデータをまとめると、図のようになります。


なかなか妊娠しないこと、ストレス、夫のサポート不足などにより「不安」「抑うつ」が生じます(Gen Hosp Psychiatry 2004; 26: 398)。「不安」は次の「妊娠率低下」に結びつく可能性があります。この部分は、「心理療法」により改善することが可能です(Fertil Steril 2000; 73: 805、Gen Hosp Psychiatry 2002; 24: 353)。改善できない場合は、エンドレスの悪循環に陥ってしまう可能性があります。

なお、「抑うつ」状態はうつ病とは異なります(Hum Reprod 2013; 28: 1100)。それに関しては、2013.5.15「うつ病と不妊症の関係は?」を参照してください。