キスペプチンでPCOSの治療が可能か | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、PCOSモデルラットとPCOSの患者さんでキスペプチン投与により排卵障害が改善するかを検討したものです。

 

Hum Reprod 2019; 34: 2495(スペイン)doi: 10.1093/humrep/dez205

要約:メスのラットに様々な段階で男性ホルモンを投与し、PCOSに類似の状態を作成しました。男性ホルモン(ジヒドロテストロン)投与開始は、母体の妊娠中から(PNA、妊娠16〜19日目、3mg/日x4回皮下注)、新生児から(NeNA、生後1日目から、1.25mgx1回皮下注)、離乳後から(PWA、生後21日目から、2.5mgカプセル埋め込み)の3群としました(各群20匹ずつ)。生後100日より、キスペプチン54(100μg/kg/日x11回皮下注)あるいはプラセボの投与を行い、皮下注射後のLHとFSHの反応を調べ、卵胞発育の状況を確認しました。また、12名のPCOSの患者さんにキスペプチン54(6.4〜12.8nM/kgx2/日x21日間皮下注)投与を行い、ホルモン値と卵胞発育、排卵の有無を調べました。無排卵はNeNAとPWAラットで認められ、キスペプチン投与によりNeNAラットではLHとFSHが増加排卵が起こりましたが、PWAラットではLH増加はわずか排卵はありませんでした。また、PCOSの患者さんでは、キスペプチン投与によりLHとE2の有意な増加はわずかながら認められ、2名で卵胞発育と排卵が生じ、1名で卵胞発育を認めましたが排卵しませんでした。残りの9名の卵胞発育はありませんでした。

 

解説:キスペプチンは、視床下部からのGnRHホルモンの強力な分泌促進作用をもち思春期の開始に重要であることが明らかとなっており、生殖機能制御の中心的な役割を担っていると考えられています。キスペプチンがないと思春期が起こらず、キスペプチン作用が強いと思春期が早く来ます(早熟)。ヒトを含む多くの動物で、キスペプチンを投与すると、下垂体からのFSHとLHの分泌を促進し、卵胞発育と排卵誘発(トリガー)が生じます。また、動物への男性ホルモン投与によりPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)に類似の状態が作成できることが知られています。本論文は、このような背景の元に行われた研究であり、PCOSモデルラットとPCOSの患者さんでキスペプチン投与により排卵障害が改善するかを検討したものであり、LHやFSH増加による卵胞発育作用を確認しています。ただし、ラットではNeNAのみ、ヒトではわずか2割程度の方に有効であり、治療効果は不完全と言わざるを得ません。PCOSは症候群と名のつく通り種々雑多な排卵障害の疾患を一括りにしたものであり、様々な病態を包含しています。ラットの実験で男性ホルモンへの暴露の時期によりPCOSの重症度が異なることが明らかであり、PCOSの病態が多岐にわたる一つの原因として考えられるとしています。極めて興味深い研究です。

 

下記の記事を参照してください。

2018.3.7「キスペプチン54トリガーによる卵胞顆粒膜細胞の変化

2017.9.11「キスペプチンによるダブルトリガーの有用性は?

2015.8.10「☆キスペプチンの卵巣刺激作用
2014.12.28「顆粒膜細胞のニューロキニンとキスペプチンの役割」
2013.12.19「☆キスペブチンとは?」