原因不明不妊に関するガイドライン:ESHRE | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、欧州生殖医学会(ESHRE)による原因不明不妊に関するガイドラインを紹介しています。

 

Hum Reprod 2023; 38: 1881(欧州)doi: 10.1093/humrep/dead150

要約:2022年10月までに発表された論文を元に、原因不明不妊に関するガイドラインを作成しました。裏付けとなる根拠の強さに基づいて推奨度が「高+++」「中++」「低+」に分類され、 臨床専門知識に基づくグッド プラクティス ポイントを「GPP」としました。 また、研究でのみ適用されるべきものについては「研究」と記載しています。

 

定義:40歳以下の女性、不妊期間1年、婦人科臓器に異常所見なし、月経周期24~38日、最長8日間、周期の最短から最長までの変動は7~9日未満、男性の精路に異常所見なし、WHOの精液所見を満たすもの

 

診断:

1 排卵の確認

規則正しい月経周期を持つ女性では、排卵を確認するための検査は不要        GPP

排卵を確認する場合には、尿中LH、超音波検査、黄体中期プロゲステロン採血を行う  +

2 卵子、黄体

規則的な月経周期を持つ女性では、黄体中期プロゲステロン採血を毎回測定する必要はない  +

不妊症のルーチン検査として、子宮内膜の組織学的検査は推奨されない  ++

3 卵巣予備能

規則正しい月経周期を持つ女性の場合、卵巣予備能検査は不要  ++

4 卵管因子

腹腔鏡検査よりも卵管造影検査とソノヒステログラフィーが卵管の評価に有用  +++

卵管造影検査とソノヒステログラフィーは診断能力において同等  GPP

クラミジア抗体検査は非侵襲的検査のため、卵管因子リスク確認のため、卵管検査の前に考慮しても良い  +

卵管因子リスクが高い患者では卵管検査は必須  GPP

5 子宮因子

原因不明不妊の子宮因子を診断するために、超音波検査を推奨(できれば3D)  +

原因不明不妊の子宮因子を診断するために、MRIは第一選択検査として推奨しない  +

超音波検査で子宮因子が否定されれば、それ以上の検査は不要  +

6 腹腔鏡検査

原因不明不妊のルーチン検査として、診断用の腹腔鏡検査は推奨しない  +

7 子宮頸部/膣の検査

原因不明不妊では、フーナー検査は推奨されない  ++

原因不明不妊では、膣内フローラ検査は研究検査としてのみ考慮される  研究

8 男性の精路

WHO基準で精液所見が正常である場合、精巣の画像検査は推奨されない  +

9 男性追加検査

WHO基準で精液所見が正常である場合、精液中の抗精子抗体検査は推奨されない  +

WHO基準で精液所見が正常である場合、精子 DNA損傷検査は推奨されない  +

WHO基準で精液所見が正常である場合、精子クロマチン凝縮能検査は推奨されない  +

WHO基準で精液所見が正常である場合、精子異数性スクリーニング検査は推奨されない  +

WHO基準で精液所見が正常である場合、ホルモン検査は不要  +

WHO基準で精液所見が正常である場合、精液中のヒトパピローマウイルス検査は推奨されない  +

WHO基準で精液所見が正常である場合、精液中の微生物検査は推奨されない  +

10 全身的な追加検査

原因不明不妊の男性も女性も、血液中の抗精子抗体検査は推奨されない  +

原因不明不妊の女性では、セリアック病の検査が考慮される  ++

原因不明不妊の女性では、甲状腺抗体やその他の自己免疫疾患(セリアック病以外)の検査は推奨されない  +

TSH採血は、プレコンセプションケアの一環として推奨  GPP

TSH正常の女性は、追加の甲状腺機能検査は不要  +

原因不明不妊の女性では、血栓性素因の検査は推奨されない  +

原因不明不妊の男性では、精液中の酸化ストレス検査は研究検査としてのみ考慮される  研究

原因不明不妊の女性では、酸化ストレス検査は推奨されない  ++

原因不明不妊の男性も女性も、遺伝子検査は推奨されない  +

原因不明不妊の女性では、ビタミンD検査は推奨されない  +

女性のプロラクチン検査は推奨されない  +

女性のBMI測定は、プレコンセプションケアの一環として推奨  GPP

11 治療

原因不明不妊では、卵巣刺激を伴う人工授精が第一選択として推奨される  +

多胎妊娠やOHSSを回避するため、低用量hMG/FSH製剤と適切なモニタリングが必要  GPP

原因不明不妊では、体外受精は推奨されない  +

体外受精するかどうかの決定は、年齢、不妊期間、過去の治療歴、過去の妊娠歴から個別に判断すべき  GPP

原因不明不妊では、顕微授精は推奨されない  +

12 処置

通常の画像検査で診断できない子宮内異常の検出を目的とした子宮鏡検査は推奨されない  ++

原因不明不妊では、油性造影剤を用いた卵管造影検査は水溶性造影剤よりも好ましいとされているが、 メリットとデメリットをよく説明する必要がある  ++

原因不明不妊では、子宮内膜スクラッチは推奨されない  ++

腹腔鏡検査で軽度〜中等度の子宮内膜症が偶然見つかった場合、原因不明不妊とはみなさない

13 代替治療

不妊治療女性の抗酸化剤服用は推奨されない  +

不妊治療男性の抗酸化剤服用は推奨されない  +

女性の鍼治療は推奨されない  ++

女性のイノシトール服用は推奨されない  +

必要に応じて、心理療法や心理的サポートを行うことが推奨される  GPP

必要に応じて、健康的な食事、定期的な運動が推奨される  GPP

14 QOL

原因不明不妊の女性と不妊原因がわかっている女性とのQOLに違いはない  +

不妊原因がわかっている男性より、原因不明不妊の男性でQOLが高い  +

(ただし、PCOSである場合はQOLが低いので、上記は全てPCOS以外の場合)

 

解説:診断に関する研究のほとんどは古く、方法論が不完全であるものが多くあります。また、データの質が非常に低く、質の高いランダム化比較試験はほとんどありませんでした。このような問題点があるため、私はこの論文が有用であるとは考えませんが、著者らは本論文のガイドラインを自信をもって紹介しています。

 

原因不明不妊は除外診断であり、原因として考慮されるものは全て排除されています。そのため、基本的には推奨されるものは何もなくなってしまうようです。


なお、この論文で言う原因不明不妊とは、一般不妊治療における原因不明であり、ART治療(体外受精、顕微授精)を行ってもなかなか妊娠しない原因不明不妊ではありません。