Q&A3923 妊娠中のチラーヂンは? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

Q 去年9月の卒業までリプロ大阪で松林先生にお世話になった者です。その節は、色々と有難うございました。不妊治療4年半を経て(転院6院目にリプロ大阪へ)、現在は妊娠24週(7ヶ月目)になりました。出産まで、まだまだ気の抜けない日々を過ごしています。

4年半前の不妊治療を始めた頃に、他院で甲状腺の検査をして、甲状腺機能低下症と分かり、チラーヂン内服が開始となりました。3年前にリプロ大阪に転院してからも、定期的に検査しながら薬の量を調節し、去年9月の卒業時には、チラーヂン50μg/日を服用していました。

リプロ大阪卒業後は、地元の大学病院についているのですが、そこの初診で、主人を含めて3人で、チラーヂンをいつまで服用するかの話になりました。大学の私の主治医は、飲む必要のない薬は、胎児のことを考えると妊婦は飲まない方が良いという考え方で、チラーヂンは不妊治療中には必要だが、妊娠したら必要ないと考えているようです。今の医学では、甲状腺機能低下症の妊婦が、チラーヂンを服用すれば妊娠が継続されやすくなるとか、チラーヂンを服用しなければ流産の確率が上がるという結論がなく、飲んでも飲まなくてもどちらでも良いのであれば、飲まない方が良いのではないかと、主治医は提案してきました。

私は、主治医の考えに賛成だったのですが、主人は長い治療期間の末の待望の子のため心配らしく「今までチラーヂンを長年飲み続けてきたのに、減薬ではなく、急に0にするのは不安だ。1ヶ月に一度は甲状腺の検査をしつつ、様子を見ながら調整して欲しい」と訴えていました。主治医は、チラーヂンは胎児に影響を及ぼす薬でもないから…と、主人の気持ちを汲み取って、1ヶ月に一度、甲状腺の検査をしながら、チラーヂン25μg/日を処方してくれています。私としては、主治医と同じ考えで、例え胎児に影響を及ぼさないとしても、不必要な薬は飲みたくないのが本音です。

先週の定期妊婦検診の時に、下記の結果で、再度チラーヂン25μg/日が処方されました。
 TSH 2.260(4.2〜0.27)
 FT3 2.12(4〜2.3)
 FT4 0.92(1.7〜0.93)
主治医としたら、飲む必要はないけど、また、私の主人からクレームが出ても困るからとりあえず出しとこうって感じでした。主治医と同じ考えで、あまり薬を飲みたくない私は「薬はいつまで続けるべきですかね?」と主治医に聞くと出産までじゃないかな?せめて不妊治療病院の先生が、いつまでチラーヂンを飲んでって、指示があれば良かったのに」と言われました。

私の主治医は、この大学の助教授だし、大学内には膨大な研究論文があるはずなのに、知識がないのかな…と不安になりましたが、同じ産婦人科医でも、松林先生との知識の違いや患者さんへの寄り添い方の違いを改めて感じさせられました。松林先生のお考えはいかがなものでしょうか。チラーヂンが、本当に胎児に影響がないのならば、念の為に出産まで我慢して服用するべきでしょうか。

 

A 妊娠中のチラーヂンは、赤ちゃんの脳のダメージ(知能低下、運動機能障害)を防ぐためです。

 

2007年に世界保健機関(WHO)は、ヨウ素欠乏症が胎児の脳のダメージをもたらすことを発表しました。ヨウ素は甲状腺ホルモンの主要な構成成分であり、甲状腺ホルモンは神経の増殖と成長に必要です。妊娠中のヨウ素欠乏症は、先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)の要因になり、知能低下や運動機能障害をもたらします。2013年に英国のALSPACスタディーは、妊娠初期のヨウ素欠乏とIQ低下の関連を報告しました。妊娠中は、ヨウ素の排出が増加するためと、甲状腺ホルモン結合タンパクが増加するために、ヨウ素の必要量は増加します。妊娠ホルモンであるHCGは、甲状腺ホルモンを増加させることでこのバランスをうまく保っています。しかし、潜在性甲状腺機能低下症の場合や甲状腺機能が正常でも抗甲状腺抗体を持っている方では、このバランスがうまく取れず、妊娠中に甲状腺機能低下症をきたします。正真正銘の甲状腺機能低下症に関してはもちろんですが、潜在性甲状腺機能低下症においても神経系の発達に悪影響を及ぼし赤ちゃんの認知障害を引き起こす可能性が指摘されています。このため、米国臨床内分泌協会(AACE)、米国甲状腺協会(ATA)、内分泌協会ガイドライン(ESG)は、抗甲状腺抗体の有無にかかわらず、妊娠初期のTSHを2.5未満にするように甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)の服用を推奨しています。

 

現在、チラーヂン25μg/日服用で、甲状腺ホルモン値が落ち着いていますので、このまま継続するのが良いと思います。妊活中と妊娠中の甲状腺の取り扱いが若干異なりますので、産婦人科の主治医に甲状腺の知識がないのでしたら、内科医(できれば内分泌内科専門医)に甲状腺の管理をお願いしていただくのが良いと思います。

 

下記の記事を参照してください。

2019.4.9「☆甲状腺最新情報:妊活中と妊娠中

2018.3.21「☆ヨウ素低下と妊孕性の関係

2017.9.19「甲状腺ホルモンと妊娠の関係

2017.3.23「甲状腺機能と胎盤機能

2015.9.24「甲状腺抗体と妊娠糖尿病の関係

2015.9.21「☆潜在性甲状腺機能低下症の取り扱い」
2015.9.18「Q&A823 ☆TSHの変動について」
2015.2.7「TSHの基準値に関する新たな見解」
2013.12.17「☆甲状腺ホルモンとプロラクチン」
2013.5.6「☆甲状腺ホルモンと妊娠」

 

なお、このQ&Aは、約3週間前の質問にお答えしております。