多分、私は田中専務が苦手だった。

すべてを抱擁するような、話し方や

1歩ひいたような、謙虚さが

「わざとらしい」とさえ思っていた。


ある日、私が訪問したときに

田中専務が携帯をずっと見ていたので

「ラブレターですか?」

と覗き込んだことがある。

そのときに

「はい」といって、

「見ますか?」と携帯を渡してくれた。


その携帯には

「今日は、風邪をひいたんで会社を休みます。

専務も風邪には気をつけてください」

とあった。


「最近は、休むということでさえメールで伝えてくるんですよね」

と私が言うと

ハードボイルドな専務には

『なっとらん』系の返答がくるのかと思いきや


「死んでない限り、電話しろっていっとるんですがね」

と笑っている。

「まあ、こいつにしたら上出来ですよ。」


そんな感じで、


「カドモトさん、絵文字の使い方わかる?」

そう言って、絵文字の入れ方を教えると

返信を始めた。


「メールを有難う。ドキドキドキドキドキドキ

風邪の具合はどうか?

○○がいないから、仕事がはかどらないと

△△が言っていたよ。××もお前が休んでいるんで弁当を一人

で食っていた。私もお前の顔を見ない日はさびしいから、

明日には風邪を治して、元気に出社してくださいドキドキ


(ハートって・・・・)


しばらくして

「ハートはキモイんですけど・・・・。

あしたは会社にいきます。」


と返信があって、それをまたニヤニヤみている。

ほほえましいが、じれったい気持ちのまま

マネジメントをする立場の人間が

「こんなでいいの?」という疑問もあったが

何より、彼のおおらかさが恨めしくもあって苦手な思いがあった。


「ハートって気持ちが伝わるねぇ。

返事が来たのは、はじめてだよ。ありがとね、カドモトさん! 」

この人、笑ってるし・・・・





そして、田中専務が田中少年だった頃の話。

O社が、持ち直してきたころ

O社の社長が、田中青年に進学を強く進めた。

「お前は、勉強したほうがいい。

勉強する価値のある人間だ。

大学に行きなさい。

お金は心配ない。」

そのようなことだったらしい。


それからは、猛勉強をしたのだろう。

(どうだろう?)

「大学 という名前がついた 遊び場」に入学したという。

彼は、大学に行きながら仕事を続けていた。


その大学で知り合ったのが


松本くんだった。


松本くんは、幼い頃の事故で歩行が不自由だったが

その他は何も変わらない18歳で

田中があまりに大人びていることと

いつも何かの集まりや飲み会があっても

「仕事、あるんで」

と、消えていくものだから

「仕事をしなければならない事情」を抱えているのだろうと

どうにもならない障害と

田中の事情を勝手に重ねて

興味を持った。


それから松本君は、田中青年への猛烈アタックが始まったという。

「友達になりたい」攻撃

「仲良くなろうよ」ビーム


松本くんお父さんは、公務員だったし

平凡な弟一人の4人家族だったから

田中青年のような、両親のいない環境で

少し斜め下を見ながら生きている18歳が

珍しかったのだろうが・・・


その松本くんと田中青年が仲良くなって

彼の人生に大きく影響してくることになる。


田中専務が命さえ投げ出そうとしていたのは

この松本くんとの数年にわたる友達関係が

途絶えた、夏のことで・・・




※ご本人が読むようになってしまったので、少し緊張して書いています。