4月末、ちょいとついでがあったのと、

小学校高学年の長女が遠足で見学に行くと言ってたのと

私も気になってたのもあって、

思い切って、行ってきちゃいました。

松代大本営*まつしろだいほんえい*。
(地元的には『象山地下壕*ぞうざんちかごう*(←たいていこれ単体をさしてる。)』)

3姉妹とともに♪
(息子は父ちゃんと野球に行きましてん。)



『象山東駐車場』
という 
無料の駐車場にクルマをとめて。

↓そこにあった看板。


みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1137~01.jpg


ちょこっと歩いて、象山地下壕入口に到着♪

見学は、無料。

入口で、
『どこから(県外か県内か)来たか』
『大人、小学生以下、それぞれの人数』
を伝えて、
ヘルメットをお借りします。


みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1303~01.jpg

↓壕入口に向かって左側にあった看板。

みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1304~01.jpg

↓壕入口に向かって右側にあった看板。
長~いけど、
全文書き写します。

『追悼平和祈念碑案内

太平洋戦争末期に、本土決戦に備えて大本営の移転と国体(天皇制)護持のため、
軍の命令によって、防衛上の観点から選ばれた松代を中心に、
大本営と皇居(舞鶴山*まいづるやま*)、
政府機関と日本放送協会・中央電話局(象山*ぞうざん*)、
皇族住居(皆神山*みなかみやま*・後に食料庫に変更)、
賢所(弘法山*こうぼうやま*)、
受信施設(妻女山*さいじょざん*)
などを移転する大工事が秘密裡に企画された。

1944年11月11日から45年8月15日、終戦の日まで続けられたこの工事には、
東部軍、工兵隊、熱海鉄道教習所生徒、
および産業報国隊・勤労報国隊の徴用者や学徒・学童も多数動員されたが、
地下壕掘削などの中心的役割を果たしたのは、
当時殖民地下の朝鮮(大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国)からの
多くの強制連行者を含む約六千人の人々であった。

その工事は、厳しい監督下での昼夜兼行の強制労働で食料も乏しく、
発破や落盤の事故、栄養失調で死亡したり、逃亡したものも少なくない。
さらに自殺したり待遇改善などを要求して射殺された者もおり、
犠牲者は三百人とも推定されているが千人という説もある。

しかし戦後、軍部等による関係資料の焼却などにより、犠牲者氏名はほとんど不明であり、今日までに氏名が判明したのは強制連行された朴道三・金快述の他、飯場頭の趙徳秀、中野次郎の四人にすぎない。

この工事では、住民も土地を強制買収され、特に松代の西条地区では仮皇居の建設工事で、百個以上が立ち退きを強制されたりしたが、住民や徴用者と朝鮮(韓国・朝鮮)人との関係は友好的な面もあって、そのきずなは今日も途絶えていない。
この大地下壕を中心とする「松代大本営」は、太平洋戦争と朝鮮植民地化に象徴される日本のアジア侵略の歴史と、その反省を永遠に刻む歴史的遺跡であり、この碑の建立と壕の見学が、なお残る民族差別の克服と友好親善の新たなる第一歩となることを切に願うものである。

1995年8月10日 松代大本営建立実行委員会』

赤部分は、みどはち個人的に引っ掛かったところ。


みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1229~01.jpg

同内容と思われる
(だと信じたい。おかしなニュアンス*日本語表記もかなり、、だけど*では訳していませんように)
英語と、ハングルの表記もありました。



↓その看板の下にあった看板。

みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1231~01.jpg


こちらもね。
全文書き写します。
これがまたね。
何度書き写しても、途中で下書き保存がうまくいかなくてね。
なんかね。
大変でしたよ。

追悼平和祈念碑案内補説

上記の案内板設置以来15年を経過したが、
その後数回にわたる韓国調査や工事関係者・地域の聞き取り調査などを重ねて研究してきた結果、
建碑当時喧伝されていた死者1000名説の根拠は薄弱であることが判明し、
岩盤軟弱で工事が中止された皆神山地区は依然謎に包まれているが、
この工事の死者数は少なくとも100人から200人前後ではなかったかと推定されるに至った。
 
 またその中で、飯場の一般的食料事情と地域農民との物々交換や、
飯場労務管理でも請負親方によってかなり差があった事、
事故だけでなく怪我や病気の放置による死者もあったことのほか、
軍や行政、企業等による重層的な管理請負体制の下での工事で、
住民にも強制的な立ち退き、土地収用、病気蔓延の被害があった事も明らかになった。

 なお、恵明寺墓地に埋葬されていた
「創氏改名」による本名不明の「中野次郎(慶尚道出身)」の遺骨は、
10周年事業で2005年に韓国の「望郷の丘」に移葬した。

 このような事実から、この遺跡は1910年の日韓(韓日)併合条約以後の
韓国・朝鮮と我が国との、百年間の歴史も秘める価値ある遺跡であることが確認できた。

 よって建碑15周年を期して、ここに補説する。

2010年8月10日 松代大本営追悼碑を守る会(2007年11月11日改名)』


「補説」じゃねーダロ、という気もしなくもないけど
こんなとこにも
かの国くおりてぃ。
ちなみに、赤部分はみどはち個人的に
もっと大きく書かんかい、とつっこみたいところ。


その更に右横には
記念碑があって
そのわきに
『皆さんからの募金で犠牲者の故郷の花 むくげとれんぎょうを植えました。
大事にしてください。
1997年11月11日 追悼碑を守る会』
という看板とともに
むくげとれんぎょうと思われる植物がありました。

花が咲いてなくて残念。

記念碑と看板の写真も(携帯で)
撮り忘れて残念。


さて。

壕に入ったら

すごーく涼しい!!

土の中だから、年中温度が一定に保たれている、、、って
理屈では分かっても
やっぱりちょっとびっくりな涼しさでした。

・・・いやさ、実はなんどか来ているのでこの温度差経験アリ、なんでしたが。


↓壕の内部にあった案内図。
  赤く表示しているところが見学ルート。


みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1253~01.jpg


↓『ロッド』の説明看板。
『削岩機ロッド
削岩機はコンプレッサーから』
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↓とれなくなっちゃった『ロッド』。
  見るからに硬い岩なので そりゃ工事も大変だったでしょう。


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↓『観測跡』の説明看板。
  看板はわかりましたが、
  肝心の『観測跡』を
 見つけられませんでした。

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↓トロッコ枕木の跡、を撮影。
 奥のほうは 当然のことながら、真っ暗でした。

 ここに枕木を置いて、

重たいトロッコを

ごろごろー
  ごろごろー

って押して土を運びだしたのねえぇぇ


しばし感嘆。
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↓   地下壕内部に描かれた落書き(っていうしかないね)。
      ほんのりと アルタミラちっく♪


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3姉妹とともに、
見学可能部分を踏破。
出てきたら、
壕に入る前には気づかなかった、
『コーリャン』
のドライフラワー(?)が飾られてました。

コーリャンっていうとなんかなじみがないけど

これって
たかきび。

300グラム750~800円で販売されてる
マクロビオティックを
ちょこっとでもかじった人ならみんな知ってる
(我が家では)高級雑穀★

穂の部分は匠の箒にも使われるという
食べられて、利用もできる
優秀な作物、コーリャン♪


っと、ちょっと感激して眺めたら下にあった
看板に
やられました。
『コーリャン
イネ科の一年草。
赤い外皮を精白して米などに混ぜて炊いて食べました。
栄養価も少なく消化しにくいものです。』

・・・・・・・(´д`lll)そうだったの~~~?!



みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1308~01.jpg

でも、ちょっとかわいらしいドライフラワー。

その日の我が家の夕ご飯は
当然
たかきび入りご飯
でした。

おいしかったよ、、、。




壕を出て、
歩いてたら
ステキな電信柱に遭遇。

木。

現役で働いてる、木の電信柱。

激写しちゃいました♪

わんことかがマーキングしたら
ぼろぼろになっちゃうんだろうねぇ。

みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1312~01.jpg



せっかく松代まで来たんだし♪
と、
佐久間象山をおまつりしてる
象山神社へ
お参り。


みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1154~01.jpg


お社にむかって左側に池がありまして。
そこに
交通安全祈願の
『無事カエル』

いらっしゃいました。



みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1153~01.jpg


『無事カエル』の
写真撮ってたら、

かなかな(4歳3カ月)が
『ああっ!!シーサー♪』

走り出しました。



いや、

かなかな、

それ、

・・・・・・狛犬・・・。
みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1203~01.jpg

学業成就にご利益があるといわれるこちらで、
しっかり
お参りしてきました。

境内にはたくさんのタンポポが咲いてました。

我が家の庭にもたくさん生えてて、
駆除の対象ナンバーワン、なんですが。


ん?
んん?
んんん?


みてみて!!!!

日本たんぽぽ!!

みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1210~01.jpg

みれば、
西洋たんぽぽと
日本たんぽぽ、

半々くらいで
生えていました。

すごい。
安曇野では
見たことないぞ
日本たんぽぽ。


社務所の方にお願いして、日本たんぽぽ
数株分けていただきました。
(『好きなだけこいで(抜いて)行って♪』
って、言われちゃいまして、スコップまでお借りしちゃいました)

根付くか心配しましたが、
我が家の庭で、
元気にしてます♪

外来種に負けないで、
がんばろう、
日本たんぽぽ♪

にほんじんも、外来種に負けないで、がんばろう♪(こころのこえ)



こちら、
象山神社の近くにあった
トイレの張り紙。
みどはちフルタイム勤務一時お休みかあちゃんのバタバタ暮らし(変身オニババー)-120428_1146~01.jpg

つい、個室内で
撮影しちゃった
私ったら。





いろいろ思うところ多い
松代散歩(地下壕見学)
でした。


ああ~~~、ひと月も寝かせていましたわ、このネタ。