戦慄 | 剣竿一如

戦慄

 6月24日の左肺新発病巣と左背筋内肉腫の手術は、予想をはるかに超えた大苦戦となった。昨年受けた右肺中葉切除手術とは、比較にならない痛みはもちろんだが、手術中にとんでもない事態に見舞われたのだ。

 それは、手術中に意識が戻ると言う、信じられない事態だった。麻酔による幻覚ではない。先生方の声がはっきりと聞こえ、今もちゃんとおぼえている。

 「よし、いくよ!」
の声と共に、ドサリと身体を転がされた。左背筋内肉腫の切除摘出手術が始まるのだ。
 「待ってくれ! 意識があるんだ、やめてくれ!」
必死に心の中で叫ぶが、声も出ないし、口も動かせない。

 全身に戦慄が走り、例えようのない絶望感に包まれる。かろうじて指先が動かせた! 祈るような気持ちで指先でモールス信号のSOSを打つ。気付いてもらえない。なんとか眼球が動かせた。が、まぶたは開かない。まぶたの内側で動かすも、やはり無駄か……、と思った時、
 「まぶたが動いてます」
と声が聞こえた。しかし、何か無意識の反射だと片付けられて、手術は続行。やはり無駄だった……。痛みはともかく、例えようのない恐怖と絶望感に、心が押し潰されていく。

 ツツーッ、ゾブリ、ゾブリ、と己の肉が切られ、抉られていく感触。凄まじい恐怖。意識を失ってしまいたいが、明瞭なままだ。苦悶しながら耐えているうちに、手術は終了。覚醒させられると、耐えようのない激痛が襲ってきた。

 気管挿管を手術室で抜かれ、おかしいと思っていたら、手術台から普通のベッドに移された。執刀医のM山先生の、「意識ははっきりしてるね」の声が聞こえたが、激痛に物も言えない。

緊急入院の重篤患者が出たらしく、ICUにもHCUにも運ばれず、今朝までいた外科病棟の個室にはこばれた。激しい痛みに、流石のナルシストオヤジも呻き続け、喘ぐ事しかできない。白い鎮痛剤の点滴が終わっても、まだ痛がっているようなら、沈痛麻酔薬のソセゴンに、精神安定剤のセルシンを混ぜて点滴投与指示を、M山先生が出している。どちらだったか忘れてしまったが、片方は半分量に、との指示に、思わず、
 「半分じゃダメ! 全部入れて!」
と、よけいな口を挟んでしまった。
 「全部入れたら、眠り込んじゃうよ」
「眠っちゃっていいです」
「これで眠ってしまうと、息が止まっちゃうけど?」
「……、そうですか」→続く