【イオ】の詠唱を試みていた。
平素の戦闘域から離脱し、中~長距離にあにが退いたので、無駄だということを分からせねばならない。
何か考えがあって、そうしたのだと思いたかった。
船上の、ましてや甲板の範囲は、攻撃呪文の絶好な射程内であった。
空気中の元素を爆発させダメージを与える。対象の頭上で爆発を生じさせるので、かわすことも、防ぐことも難しい呪文・・・イオ。
これをまともに食らっても、限界の先へは歩める。
あとの攻撃呪文を、どうするか……考えるより先ず詠唱である。渦巻く思考を振り払った。

「……イオ」

小さな、爆発音。
イオの爆発を確認できたが、海風が吹く中で爆風が流されたようだ。イオの効果が減少したかもしれない。あにが攻撃に転じるだろうか、それとも……、万が一の『保険』を、続けざまに【マホカンタ】を詠唱しておく。
精神の集中どころであった。
驕り昂らず、具現化せよ、呪文の壁よ……。

「ー」

振り絞れ。
誰かの声。囁きか、聞き間違いか、幻聴だろう。
……やられた。受けに回らない積もりが、距離を離し過ぎて攻撃呪文のダメージを負った。革の帽子越しだったが、耳鳴りでキーンとしている。だから、幻聴だろう。
距離を詰めて打ち合いをしていれば、攻撃呪文の詠唱は防げたかもしれない。…ん?これはもしや?
あと二発、まともに食らう訳には行かない。点滅する視界、振り払いたい。声を張り上げる。

「今の何!?教えて!」
「…………イ、オ……」
「イオ!」
*あにはイオをとなえてみた! しかし なにもおこらなかった!
「…………惜しい、な……」

いつまで惜しいのか。
巡る思考。呪文を詠唱する時間イコール精神状態の安定?
もう少し集中……か。千影に歩み寄り、目標を見定める。

「……イオ!くそっ、ホイミ!ルーラ!」
*あにはイオをとなえてみた! しかし なにもおこらなかった!
*あにはホイミをとなえてみた! しかし なにもおこらなかった!
*あにはルーラをとなえてみた! しかし なにもおこらなかった!
「…………分かるよ、その気持ち…………」

うるさい、うるさい。うるさい!
涼やかさを通り越し、冷ややかにも取れる千影の声色に立ち向かわんと、駆けた。何としても刃を突き立てる!

 … … そ れ で い い
 も っ と だ

なぜ惜しい?ナイフを刷り上げざま、横薙ぎを返し、睨み合う。
視線で訴えた。



続く