無心だった。
根底にある揺るがないもの、強く湧き上がれと願う。
駆けたのちの、連撃。それに合わせた千影の切り払いを盾で押し包む。
千影に依る指南で身につけたものと、身体のなかに本来、あるべきものを振り絞る。
先程メラミを食らった危険な間合いに飛び込み、左撃右撃をコンパクトに振るう。千影の巧みな攻防であしらわれるが、退かずに、押すしかない。
身体のさばきで向きをズラされるが、逃がさず、向き合った。右へ右へ、有利な立ち合いへ。千影の携えた盾の方向に、且つ千影のナイフからは遠い位置へ少しずつ、回り込む。
アリアハンで、春歌が見せてくれたブックの呪文一覧・・・カンニングに近いが、これしかない。念じるように、祈るように、あにの脳内で繰り返し唱えていた。
これが駄目なら棺に入るしかない。
可能性があるだけで、そこまでは思い詰めなかった。閃いた、湧いた作戦……あの手この手は、動けなくなるまで、試行するべきだ。
メラミを食らって視界が緑色になったが、視界を、意識を失うまでは。まだ振り絞れる。
目の前の緑色の女の子・・・千影が纏う身かわしの服が、妖しいローブに見えた。

「ー」

既に詠唱を終えていた。
五回目の、攻撃呪文を何処に宿すか。右か左か。

「……右、かな」

聖なる真空を手刀に見立てて発生させ、それを投げつけて、切り裂く呪文・・・【バギ】。
革の盾くらいは、容易く切り裂くだろうが、あには、ナイフを鞘に仕舞った千影を別段、警戒しないだろう。
あにの視界に、真空の刃は映らない。
専守防衛し、何かを詠唱される。としか、構えないだろう。そう構えるのが自然…メラミが効いている筈だった。
聖なるナイフよりも離れた間合い、中距離でも切り裂ける。一転して、あにの不利、ここをどう凌ぐか対処するか、楽しみだった。
右手が疼く。

「ー」

同時に見えた。
バギで切り裂かれながら、あにが詠唱し、具現化した呪文が千影のマホカンタで跳ね返され、あにに影響した。
俯せで身動きしない、あにを見下ろした。無防備になった胸の辺りを切り裂いた手応えがあった。
マホカンタを詠唱すべきではなかったのかもしれない。
だが、遺された時間は少なかった。言い訳するとしたら、それ位だった。
仕方が無かったとも覚えた。
ゆっくりと近付き、あにの身体を仰向けにさせ、傷口を綺麗にした。
次に、棺の準備をしなければならない。



続く