日が暮れていた。
甲板に、戻ってきたあにの雰囲気が、短時間で変わったように見える。
千影も、影千代も、眺めるのが楽しみな…必死な表情と、何やら青白いものを、全身から立ち上らせている。
影千代は、舫だけを解いた。ランシールへ。
おそらく、トヘロスだろうか…格下の魔物・モンスターを寄せつけないバリアを具現化する呪文。

…なぜ、その呪文を呼び覚ますきっかけになったのかは、知らないが。喜ばしいことだ。あにが、知らず知らず纏わり付かせている、良くない精霊の気配も、今は感じられない。破邪……、ニフラムまでは、まさか。
千影が定期的に差し入れしてくれていた【せいすい】で、あに単身での航海を、問題無く過ごしていたが、影千代から、少し胸の内を、凡そあにが知り得ない事を、話してもみたかった。

ゆるされない。

ディープな囁きは、あにを揺さ振り、運命を…歪めるおそれがある。この刻では、タイミングが最も悪い。
あにに舵を任せ、帆を張り直す。
訓練は、継続している。
指南も、継続している。
導きを、運命を迎えるまで。
あにが、真っ当に訓練終了を迎えたならば、先の訓練よりも、得るものが沢山あるからだ。その刻までは・・・。
夜の風向きは、巻き付くように感じられた。硬い表情で、舵を操るあにに、指示を出すことなく、船倉部へ滑り降りた。

「ー」

地下一階で、出くわしたへそ愛好者・信仰者は、自らを【さつじんき】と名乗っていた。
何なのだろう。僕より怪しい。
入口の鍵を忘れたと言っており、正規でない方法で、神殿以外の場所から入り込んだに違いない。怪しい。
疑問符を頭に浮かべながら、黄色い大扉を開け放ってやると、喜色満面で駆け出して行った。駆けながら、

『真っ直ぐ進めよ』

のような事を叫んでいた。怪しい。その覆面姿は、篝火の届かない先の通路に、既に消えていた。
あにはまだ警戒していた。踏み出した先での、考え事……周りを見渡せば、UMAにも見える不気味な篝火のオブジェと、石畳。緑色煉瓦の壁に、掲げられていたものに視線を移す。


*巡礼先での注意事項*


一、神殿地下内部で遭遇する魔物・モンスターらを刺激しない。

二、魔物・モンスターらを/殺/戮/しない。

三、むやみに建造物を破壊・破損させたり、それらを持ち去る行為(厳禁!)。

四、お供え物の持ち込み(厳禁!)。

五、あいさつをしましょう。

厳しく罰せられます…とある。



続く